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スワミジの伝記 2-34(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第34話

1965年、シヴァラトリ祭でホーマの最後にプールナフティを捧げているとき、スワミは「まもなくシヴァラトリのホーマにおけるプールナフティで、私は自分を捧げるでしょう」と宣言した。その宣言は帰依者たちを怖がらせたので、スワミは「シヴァラトリが来る度に、自分をプールナフティとして捧げます!」と加えた。
 ケセアでの出来事の話は、地元新聞社マイソールパトリケのオーナーであるナーラーヤナ・ラオの興味を引いた。同年、8月にラオ氏はスワミとの個人的な会見の準備を整えた。質疑応答のあと、スワミは出席したレポーターたちに語りかけた。
 「親愛なる友人のみなさん」と彼は言った。「みなさんのすべての質問は、私があらわすものが、手品なのかシッディ(ヨギの持つ超自然的な能力)なのかということに集中しています。しかし、これらの力の行為によって惑わされるべきではないと、みなさんにアドバイスします。それは人々を魅了するためのもっとも卑しい方法です。もし蛇に噛まれて生きている人が見たいなら、蛇の魔法使いのところへ行きなさい。ナイフで自分を刺して血を流さない人を見たいなら、手品師のところへ行きなさい。神像やヴィブーティを物質化する人が必要なら、魔術師や催眠術師に従いなさい。もし誰かがあなたに、私が蛇を手なずけ、その毒を飲み、火の中に立つと言ったなら、それは普通の力であると言いなさい。私はみなさんに個人的に言います。そのような行為を見ても、惑わされず、騙されないように。それをするのが誰であっても信じてはいけません。私がそのようなことをしていても信じてはいけません。このことをみなさんの新聞で書いてください」
「霊的な術は、高貴なことを引き起こします。それは魔術ではなく現実主義に根差すものです。私の使命は、困難のなかにあり正しい道を知らない人に霊的知識を与えることです。もしみなさんに時間があるならば、私のアシュラムでの気高い集いに参加してください。ホーマ、プージャ、讃美歌の詠唱に参加してください。その後にのみ、これらの行いが手品師のものなのか、真の霊性の哲学なのかを理解することができます」
 「私は誰も魅了したいと思いません。霊的な道を求める人たちだけを探しています。私はダルマの気高い伝統のなかにいると信じています。受け継がれた伝統に照らして、プージャ、讃美歌の詠唱を行っています。ダルマを勧め、ヨガを教え、サンスクリットを支援し、すべての人類を平等に見ることを教え、打ちひしがれた貧しい人々を可能なかぎり助けようとしています。これが私の人生における義務です。これらのことを、喜んで私の言葉に耳を傾ける人々がいるときにだけ教えます。理解することなしに、混乱して、私が奇跡を行っていると信じている人もいます。そして彼らが同様に他者を混乱させるなら、わたしに何ができるでしょう?」
 スワミはこのときたくさんの小さな奇跡を行った。彼は一人の写真家にだけ彼の写真を撮ることを許可したが、数人の帰依者が数枚の写真を撮っていた。フィルムが現像されたとき、スワミの姿が現れるべき部分が白模様になっていたのを見て彼らは驚いた。これらの小さな奇跡は人々に感銘を与えたが、すぐに彼らは忘れてしまい、それは平凡なことになってしまった。
 この失礼な態度が、帰依者の一人をかき乱した。スワミが川で沐浴するとき、神像やサリグラム(神聖な川石)を物質化するのが常だった。またスワミが誰かを訪問するときはいつも、ごちそうや、首にかけられた花環から神聖なものを物質化していた。
 これらの奇跡と、いかに人々がそれを楽しんでいるかを見て、ジャナクリシュナ・スッバラオは動揺した。ある朝、スワミが物質化したものを配っているを見ながら、スッバラオは考えた。「このスワミが神像を与えているのは、まるで猿たちに餌を投げているようだ!おそらく彼はただ楽しんでいるか、あるいは人々を魅了しようとしているのだろう」
 沐浴に続いて、スワミはパーダ・プージャのために個人的訪問を行った。スッバラオはこれに同行していた。プージャが終わり、主人がスワミを花環で称えているとき、若いグルは五体の神像を花から現し、そこに臨席していた人々に与えた。それからホーリーバジルの数珠を物質化し、スッバラオを呼んで彼に与えた。
 当惑した帰依者に物資化した贈り物を手渡しながら、スワミは言った。「このスワミは、神像、ハーブ、ロケット、金銭、お守りなどを、人々の必要に応じて与えます。未来の危機のために守護が必要な人もいます。これらは人々の楽しみのために物質化されたものではありません!ヴィブーティが物質化されたという事実は重要ではないのです。その聖灰が使われたことによって、どんな結果が起こったかが重要です。同様にあなたも、師についていることによって、どんな結果を成し遂げたかが重要です。あなたのハートは、ここに来てからあなたが成し遂げた成果を量らなければなりません。あなたが良く変容したならば、その師は偉大なものをもっていることになります。ものを物質化しても、その人が偉大であるということにはなりません。ハートと魂を変容させるならば、その人は偉大です。偉大な魂はいつも、高貴な存在を探し、彼らを助け、彼らもまた偉大な魂になります。彼らはそれに値すると信ずる人を見つけたら、その魂を上昇させる仕事を行います。しかしその人に精錬における強さが不足しているならば、彼に与えた場所をそのままにしておくことはできないのです。」

続く

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