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スワミジの伝記 2-36(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第36話

バンガロール出身の支持者であるヴァースデーヴァムルティは、愛と崇敬の念を込めてスワミに奉仕していた。ある朝、彼はマイソールにやってきていた。自宅で執り行われるパーダプージャのために、車でスワミをバンガロールまで送るために迎えに来ていたのだった。車中、ヴァースデーヴァムルティは、困惑し、もしかしたら体裁が悪いかもしれない状況についてスワミジに話していた。
「スワミ!私たちはマドゥワ派(神、魂、すべての生けとし生けるものに違いを認めるヒンドゥーの一派)です。あなたは、私の父が高齢で、古い伝統に属していることを知っています。父は自分の信念に厳格であり、スマルタ派(神、魂、すべての生けとし生けるものに違いを認めない著名な聖者スリ・シャンカラチャリアの不二一元論の教えに従うヒンドゥーの一派)を好みません。父はどんな偉大なスマルタにもお辞儀をせず、実際のところ、一瞥すらしないのです。もちろんあなたは、私がそうでないことをご存知です。父は私のしていることが好きではなく、今日あなたがいらしたときに、父が外に出ていって座りこんでしまうのでないかと私は恐れているのです」
「私は気にしませんよ」ヴァースデーヴァムルティを安心させるためにスワミは言った。しかし彼は心の中でこう思っていた。「これらにどんな違いがあるのか?ヒンドゥーの三つの主要な学派を緊迫させる人々にどんな達成段階がある?三つの学派すべてに真実を見ることができる人はどこにいるのか?そのような人はすべての取るに足らない論争を超え、良い資質に満たされているだろう。スマルタ派、マドゥワ派、ヴァイシュナヴァ派(ヴィシュヌを人格化された神として崇めるヒンドゥーの一派)であることが何だというのか?ほとんどの人が、象徴的なだけの崇拝に携わっている。そのような信念から一体どんな理解が得られるのか?彼らのバクティ(信愛の念)ヨーガにどれだけの深さがある?彼らは霊的学派の良き一員であると主張するだろうが、異なった視点を持つことを懸念することによって、彼らのハートは混沌に満たされている。その論争は二つのことを引き起こす。第一に、彼らの崇拝は、タマスとラジャス(鈍性と活性)の域を出ず、サトヴィック(純性)の段階に達しない。第二に、社会がさらに分裂的になる。議論が起き、一般の人々の間に分離が生じ、太古からのダルマ(正義)が阻害されるのだ」
「科学を宗教の一種とみなす人が大勢いる」スワミは熟考した。「無神論が増えている。政府ですら、ダルマの(正しい)原則に無関心になり、時には、公共の福祉に反する働きさえしている。わずかな例外を除いて、マントラの効果を実証できる強力な霊的指導者は不在であり、若者を正しい道に導くことができる慈悲に満ちた存在もいない。古代からの伝統に属しているという人々ですら、単なる知的な上流階級にすぎず、他者の苦しみへの無関心がその魂を汚している。しかし奇妙なことに、ダルマの学問的な意味を理解することには熱心なのだ!」
「ヴァースデーヴァムルティの父は学者だ。彼は厳格に宗教的規律を守っている。コミュニティでは、彼は賢明なる学者として尊敬されている。彼は若年者から称賛されるべき何者かだとみなされている。しかしスワミのダルシャンを持ったなら、その評判がなくなると考えているのだ。ある人にとって、一つの神格は至高の主であるが、別の人にとってはその神格のことを考えると罪となる。人は別の寺院には入らない」スワミは考えた。「もしこのひどい状態がなくなるならば、三位一体の古代の伝統が花開くだろう。三つの宗教によっては等しく尊敬される諸寺院が世界中に打ち立てられなければならない。聖なる三位一体の哲学と性質が、すべての人に知られるべきだ。この理解を万人にもたらすためのことがなされなければならない。ヴァースデーヴァムルティの父だけではなく、すべての人が、全宗教に普遍的な核心があることを理解しなければならない。古代の人々が、すべての宗教が調和して存在できることをどれほど知っていたかを思い出させるために、法螺貝を取り、大きく吹き鳴らすときは今だ。」
 スワミが到着すると、予想された通り、ヴァースデーヴァムルティの父は、家の外へと出ていってしまった。彼は外に出て座り、バガヴァッドギーターを読み始めた。それにも関わらず、ヴァースデーヴァムルティはスワミを家に招くために、プールナ・クンバ※28を行った。パーダプージャが終了すると、ガナパティ・スワミは突然、ラーマーヤナ(ヴィシュヌの化身、主ラーマを称える叙事詩)の詩を歌い始めた。クリシュナムルティとヴァースデーヴァムルティは歌を聴き驚き、それが普段のバジャンとは違っていることに気づいた。ヴァースデーヴァムルティの父は、スワミの歌を聴いていたが、その歌が彼が愛する神格を称える歌であることに気が付いた。ゆっくりと彼は家に入ってきた。彼がやってくると、スワミは歌うのをやめた。老人は涙を流し、スワミの足元に跪いた。
「どうか」と老紳士は懇願した。「どうか、一度、私たちのプージャ・マンディラム(家のなかにある寺院のような一角)にいらしてください。」
 スワミは同意した。そしてそこでアーラティを執り行ったのは、スワミだった。

※28 重要人物は同等の階級の人々によって招待されなければならないと伝統は命じている。同様に、マハトマ(偉大な魂)はマハトマによって招待されるべきとなる。マハトマは稀であり、招待式にいつも出席するわけではないので、プールナ・クンバが用意される。プールナ・クンバは水に満ちた水瓶の上に装飾されたココナッツがのったもの。それは主シヴァの頭飾りを表し、水瓶はガンガーの水と命の原理を表す。

続く

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