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グル・ギーター 第6節

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Īśvara uvāca
主シャンカラは答えました。

6.
Mama rūpāsi Dēvi tvaṃ tvad bhaktyā tadvadāmyaham
Lōkō pakārakaḥ praśnaḥ kṛtaḥ kēnāpi nō purā

「最愛なる妻よ! あなたは私の本当の生き写しだ。 あなたへの愛のすべてからこれを伝えよう。あなたの質問は、全世界にとって非常に役に立つ。 これまで、私にこのような質問をした人はいなかった」とシヴァは言いました。

ここで、この事についてよく考えてみましょう。 パールヴァティは、なぜシヴァにこのような質問をしたのでしょう? 女神は自分が知らないことをシヴァから知ろうとしました。 しかしパールヴァティは、主の妻です。 二人は別々ではありません。 パールヴァティがシヴァの知っていることを知らないというのは考え難いことです。ではなぜ女神は主に質問したのでしょう?

叙事詩においてこれに似たような不思議な出来事が出てきます。偉大な聖者たちがお互いを呪います。もちろん聖者ナーラダは大騒ぎすることで有名です。どうしてそのような人が偉大な聖者や賢者と見なされたのか、自然と疑問が生じます。

ここで皆さんは、普遍的な秘密を理解しなければなりません。

ある人がある場所で犠牲になると、別の人が別の場所で贖われます。 犠牲なしに償いは行われません。 二人の聖者が互いを呪うと、彼らの苦行の力が犠牲になります。その結果、誰かが贖われます。この目的を達成するために、至高の主はこの呪いのドラマをアレンジします。聖者たちがそのような怒りを持たなければ、この宇宙のサイクルが動いていかないのです。このように偉大な聖者たちの反応、彼らの怒りと呪いは世界の善のためにあります。

同じように偉大な聖者と彼らの子孫との結婚も不思議なことです。それも世界全体の福利への彼らの衝動なのです。

ここでパールヴァティは、そのことをいかにも知らないかのように質問します。なぜでしょう?

その時、女神とシヴァは偉大な聖者たちに囲まれていたからです。その聖者たちは偉大な苦行をした人たちでしたが、グルの崇高な性質については経験したことがありませんでした。そのため女神はその崇高な性質を経験することで聖者たちを祝福しようとしたのです。もし女神はシヴァにその聖者たちためにお願いしているのだと言ったのなら、そんなに早くはシヴァは答えを出さなかったのかもしれません。そのためパールヴァティは自分に教えるようお願いしたのです。

シヴァはすべてお見通しです。そして彼はこう言います。「パールヴァティ! あなたは私の生き写しだ。 あなたは私のハートに住んでいる。 私の知識はあなたのものでもある。 それでもあなたは宇宙全体の利益のために質問するのだね?」 パールヴァティの質問は、その聖者たちに利益をもたらしただけでなく、修行者や、私たちのような学徒にも利益をもたらし続けているのです。 しかし、ここで別の疑問が生じるかもしれません。

では、そのすべての聖者たちは、シヴァのハートの中にはいないということなのでしょうか?

シヴァは聖者たち皆がシヴァのハートの中にいることを知っています。 聖者たちがそれを知らないだけです。 シヴァは、彼らがそれを知るまで教えなければなりません。

帰依者の中には、グルは彼らのハートの中にいて、彼らはグルのハートの中にいると言う人たちがいます。 グルに全託したと断言する人たちもいます。 しかしその一方で、自分たちの問題を解決するためにグルに祈ります。なぜならその言葉のすべてがハートの奥底からではなく、ただ唇を滑っただけだからです。

わずかな瞑想と詠唱では、全託とみなすことはできません。 全託のためには、思いや欲望、不安、心配を含むあなた自身のものすべてを差し出さなければなりません。

とてもだらけているか怠け者なので、グルに奉仕することができない人々もいます。 彼らは、グルに奉仕するのを免れるために、スワミジはハートの中にいると言って単に自身を欺いているだけです。もし本当にスワミジがあなたのハートの中にいるなら、求めようとする願望を持たないでしょう。 ですからあなたは、スワミジがハートの中にいるとは言えないのです。

皆さんは自分の怠惰を正当化することはできません。皆さんは肉体を持っています。 グルも体を纏っています。そのため皆さんはグルに直接奉仕する必要があります。皆さん自身とグルとの間の非二元性の知識に達するまでこの過程を辿らなければなりません。

そのため、聖者たち自身がシヴァの化身であることを知ってもらうために、パールヴァティはシヴァに質問し、主の前に平伏します。 それは、その聖者たちのために、女神がグルへの奉仕という形で善行を行ったということなのです。

ここでパールヴァティのグルとは誰でしょうか?

実のところ夫が女性のためのグルです。 妻は夫からのみ伝授されるべきです。 しかし、夫が秘儀の教義を何も知らないとき、夫婦は同じグルによって伝授されるべきです。

誰が伝授するべきですか?

すでに完成の域に達した人のみが、人に伝授する資格があります。

厳しいテストを受け、倒れそうになるまで断食し、ついに彼らの耳にマントラが囁かれた時、素晴らしいイニシエーションを受けたかのように大いに満足する人もいます。そのようにするグルもいます。そのようなグルはそのような弟子たちのためのものです。

人に伝授する人は、何千万回も実際にマントラを唱えなければなりません。 そのマントラの成就に達しなければなりません。 そしてその力よって、密かに弟子にマントラが与えられるべきです。 そのようにして初めて、弟子は進化します。

そのため偉大な人たちは、それほど早くイニシエーションを授けません。

これに関連して、皆さんはマントラの特質を知るべきです。 マントラを大声で唱える人もいます。 しかし声を出さずに、唇の動きでつぶやくように唱えるのであれば、より良い方法です。 しかし、これは途中過程にすぎません。 音は出さず、唇や舌も動かすべきではありません。 心の中でマントラを静かに唱えるのが最善です。その成果は千倍も良いものです。 詠唱は幸せな心持ちで行われるべきです。 神聖な言葉の至福の経験と共に唱えると、その幸福感は顔に映し出されます。唱えている間、ぎこちない顔をする人もいます。 詠唱する一方、もう一方で呪いの思いに走るのは、ぎこちなさが原因です。 明らかに、それは良くない兆候です。

現時点で、母なる女神はそのようなイニシエーションを望んでいます。

シヴァは、それまで誰もそのような質問をしてこなかったと言っています。 それはどういう意味でしょうか? この聖者たちは皆、普通の人ではありません。偉大な苦行をし、ヴェーダの学者であり、それに加えて反創造を行う能力がある人たちです。 それにもかかわらず、彼らはこの質問をしましたか? しませんでした。

霊的な道を進む人々は、もともと虚栄心という特性を持っているからです。 そのため彼らの注目がグルの特質に向くのは容易なことではないのです。

謙虚さを伴う教育、犠牲を伴う富、愛情を伴う親類は稀であるように、グルへの信愛を伴う苦行も稀なことなのです。このためシャンカラチャリヤは、グル・アシュタカムを書きました。何を持っていたとしてもグルへの献身を伴わないならば、それは無益なのです。

これが、慈悲深いパールヴァティが、聖者たちがグルの本質を伝授され向上するように、女神の意図を知っている主シヴァに質問をした理由でした。

(続く)

※シュリ・スワミジによる『グル・ギータ-』の詠唱アプリはこちらです。
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