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スワミジの伝記 2-7(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第7話

デリーを発った瞬間から、サティアナーラーヤナは時間と空間の痕跡を失ってしまった。その全冒険は夢のようであり、彼はほどんどの時間、周囲の状況に気が付いていなかった。数日が経つと、案内人たちはジープを捨てて次の旅の足である馬に乗り始めるべきだと話した。彼らは山を高く登るたびに毎晩テントを張りキャンプをした。あまりにも険しいため乗馬するには危険な道があり、しばしば徒歩で進まなければならなかった。

5日目に、サティアナーラヤナは彼がそこへ行くために家を飛び出すことになった聖地が近くにあるのを感じとった。まもなく小さな山の後ろに寄り添うようなマーナサ湖が姿を現した。少年は湖に駆け寄り、その氷のような冷たさの水に自身を浸した。彼がひどく冷たい水のなかをさらに泳いでいくと、「オーム、シャンティ(平安)、シャンティ(平安)、シャンティ(平安)※17」というマントラが耳に鳴り響くのが聞こえた。

サティアナーラーヤナの健康を心配して案内人は彼を湖から引き上げ、温かく乾いた衣服を与えた。着替えるやいなや、少年は湖岸近くの石の上で蓮華座を組んで座りこんだ。山の薄い空気と、美しく冷涼とした環境は、サティアナーラーヤナが深い瞑想状態に潜り込むのを容易にした。

すべての関心事は消え去り、その瞬間世界は存在せず、答えのわからない疑問への混乱もなく、ただ平安と至福のみがあった。彼が目を開けると午後遅くになっていた。彼は立ち上がり、不思議さと驚嘆の念をもって湖を見渡した。広さ15平方マイルの水が霊的な波動を放射しているのが感じられた。サティアナーラーヤナはアートマプラダシナム(主がすべてに遍在するという理解をもって自己の周囲を回ること)を行った。サティアナーラーヤナが瞑想しているあいだ、案内人たちはその日のほとんどを忍耐強く待っていた。少年が動きだしたのを見ると彼に駆け寄っていった。

「もう4時間も経っています!」と彼らは叫んだ。「岸辺で夜を過ごすことはできません。今すぐ出発すれば、暗くなる前にラマ僧の僧院に行くことができます」

数マイル離れたラマ僧院につくまで、彼らはすばやく湖のほとりを歩いていった。ラマ僧たちは伝統的なもてなしで巡礼者たちを歓迎し、温かいお茶を差し出した。長旅の疲れで案内人たちはすぐに寝入ってしまった。しかしサティアナーラーヤナは眠ることがができず、起き上がってパドマーサナ(蓮華座)を組んで座っていた。彼は湖中で彼の頭に響いてきた言葉を思い出していた。

「オーム、シャンティ、シャンティ、シャンティヒ! これは母のイニシエーションだ! これは母の慈悲だ!」と彼は考えた。このマントラの三つのシャンティ(平安)についてのより良い理解を彼に与えるイニシエーションを受けたのだと理解したのだった。

まず初めに彼はトリカーラナ(行為[カラナ]の三つの要素)のシャンティ、すなわち思いと言葉と行いの均衡によって祝福された。第二に三界(天国、地上、地下世界)のシャンティだった。そして第三に、トリグナ(三つの特質―グナ※18)すなわちサットヴァ(純粋)、ラジャス(情熱)、タマス(不活性)の理解によってイニシエーションを受けたのだった。

「これは僕の霊的実践のための天上の洗礼だ。これは自分の霊的実践のためのシャンティ(平安)という贈り物なんだ!」と彼は自分自身に話していた。「これは苦行者のための実践の不朽の方法だ。聖なる母が僕をマーナサ湖へと連れてきたのは、この平安の状態を獲得させるためだったのだ」

サティアナーラーヤナは夜明けまで深い瞑想状態にあった。日が昇ると、案内人たちは旅の帰りの支度を始めた。サティアナーラーヤナは彼らに立ち去る前に最後の沐浴を望んでいることを話した。ラマ僧院からはマーナサロワール(湖)の全てを見渡すことができた。朝の太陽の光が湖を囲む山々の雪を被った頂きを撫で、その反射光は水のなかで黄金の液体が輝いているようだった。サティアナーラーヤナは、ゆっくりと湖岸に近づくにつれてその途方もない美しさに驚嘆した。

再び前日のように彼は腕を組んで水のなかへと歩いていった。案内人たちは、彼が沐浴を始めたが、それを突然やめて、脇に避けたのを見ていた。その瞬間、数羽の白鳥が空へ飛び立ち、再び水に降り立って、二、三の波紋を作った。沐浴を終えるとサティアナーラーヤナはアチャマナム(儀式的に水で口を注ぐこと)を三回行い、カイラス山(主シヴァの住居)を見て、礼拝した。

彼が水から出てくると、案内人たちは駆け寄って、乾いた衣服を彼に渡した。前日にした瞑想の代わりにサティアナーラーヤナはいくつかのヨガの立ったアーサナ(姿勢)をとり、それから同行者たちにその場を去ることについて同意した。

「湖にいるあいだ、なぜ沐浴を止め、礼拝をしたのですか?」と案内人たちは歩きながら彼に尋ねた。

「沐浴の後で、数人の偉大なる聖者たちがそこを通ったのです。彼らに礼拝したのです」とサティアナーラーヤナは涼しい顔で答えた。

「なぜわたしたちには彼らが見えなかったのですか?」と案内人たちは尋ねた。

「彼らは微細な形態をとっていたのです」と少年は説明した。

「それとあなたは沐浴を始めたとき、それを止めて横に退きました。なぜですか?」と彼らは再び質問した。

「ああ!それはですね!」とサティアナーラーヤナは説明した。「天女たちが泳いでいたのです。僕は彼女たちがあまりに近くなりすぎたと思ったので、横に避けたのです。彼女たちが泳いでいたので、白鳥がときどきそこを飛び去っていました」

一行は山道を降りはじめた。今回はサティアナーラーヤナは周囲の壮観な景色に強い関心を寄せ、雪をかぶった山々、渓谷の川を見つめていた。

ときに歩き、ときに乗馬しながらの危険な帰り道の途上で彼らがケガをすると、サティアナーラーヤナはそれぞれの川で止まり、その水の薬効成分を実験した。

案内人たちは今や少年と話ができるようになって幸せであり、旅のあいだを通して、さまざまな植物や山の人々の慣習について知っているすべてのことを彼に話した。

旅人たちは聖者が厳しい苦行を行っているたくさんの小さな寺院や洞窟を通り過ぎていった。彼らは小さな山村の小さな小屋で夜を過ごしていた。木々が育ち草木が茂る高度に着くと、より大きな村を見つけ始めた。サティアナーラーヤナは出会ったすべての人々から学び、長く冷たい夜のあいだの彼らのもてなしを楽しんでいた。しかし、日の入り前に村に着くことができなかった夜があり、案内人たちは、野生の獣を心配していた。サティアナーラーヤナは彼らに言った。「心配の必要はありません。月夜の山の美しさを楽しみましょう」

彼らは旅を続けたが、まもなく熊の鳴き声とうなり声を聞いた。案内人たちはとても神経質になり、危険な動物を見つけようとしていた。熊が突然彼らの背後に現れた。案内人たちは馬を打って、大急ぎで熊から離れるように駆け出した。サティアナーラーヤナは乗っていた馬から落ち、馬が他を追って走っていくのを見た。案内人たちは何が起こったのかを理解すると、安全な距離で止まり、少年に何が起こっているか見るために振り返った。まばゆい月夜の下、サティアナーラーヤナと熊はお互いに向き合って座っていた。熊が何かをサティアナーラーヤナに渡しているように見え、彼はそれを手にとって食べているようだった。案内人たちは愕然とした。驚くべきことにサティアナーラーヤナは熊を抱きしめ、その背中を軽く叩いていたのだ。その大きな動物は現れた方向へどしどしと歩いていってしまった。案内人たちがサティアナーラーヤナのところまで馬で戻ってくると、大きなジャックフルーツが置いてあった。
「来てみてください。怖がる必要はありません」とサティアナーラーヤナは言った。「友達が僕らのためにこれを置いていったのです」

男たちはその地域にはないフルーツの姿に畏怖の念をもった。サティアナーラーヤナはまるでプラサーダム(聖なる儀式で祝福された食べ物)であるかのようにそのフルーツの房をそれぞれに手渡していった。案内人たちはそのすばらしい味に驚愕した。

「あの熊は何だったのですか?」と彼らは尋ねた。
「さあ?」とサティアナーラーヤナは進むために馬にまたがりながら答えた。

翌日、案内人たちは道に迷ってしまい、円のなかをぐるぐると回っていることにまもなく気づいた。サティアナーラーヤナは混乱状態を観察し、キャラバンを止めた。

「こっちが進むべき正しい道です」と彼は新たな方向を指し示しながら案内人たちに話した。

「どうやってあなたにわかるのです!」と彼らは尋ねた。

「なぜ僕に聞くことを悩むのでしょう」サティアナーラーヤナは答えた。「もし家に帰りたいのなら、この方向です」

他にするべきことを知らなかったので、その指示に従うと、すぐに帰り道に戻っていることに気が付いた。まもなく彼らはタカルコテマンディという小さなチベットのビジネスセンターに到着した。そこで一夜を過ごし、翌日、彼らがジープを置いておいたインドの村に着いた。その夜にアルモラに着き、そこからデリーまでは二日間の距離だった。マーナサロワールへはわずか四日間で着いたのだが、デリーへの帰路は六日間かかった。案内人たちがいなくなってから、サティアナーラーヤナは鉄道の駅のベンチに座って、どうやってバンガロールへ帰るかと考え始めていた。なぜならば一銭も持っていなかったからである。突然、どこからともなく何かが右手を打つように落ちてきた。彼はそれを拾うために身を屈めたが、その目を疑った。それはデリーからバンガロールへのチケットだった。誰かが落としたのだろうと考え、近くに立っている人々に彼らのものではないかと尋ねたが、みな「違う」と答えた。サティアナーラーヤナはチケットカウンターに行ったが係員は彼が話す前に教えてくれた。

「バンガロール行きのあなたのチケットについて何か質問があるのですか?」とチケットの係員は尋ねたのだった。「あなたのためにそれをあげたのです。正しくありませんか?」

サティアナーラーヤナは駅のベンチに戻ると、そのチケットを驚愕の念でまじまじと眺めた。
「聖なる母は僕を一本の道でここに連れてきて、そして今、僕を戻そうとしている。聖なる母は物事を進ませる無限の実現性をもっている。行きの道は目を閉じすぐにそこに着いた。帰り道は観察しながら、注意深く歩き、二日余分にかかった。しかし、すべての目に見えるものが母の創造物であるなら、僕に何の障害があるだろう。つまり僕の帰りの旅は、より祝福されていたのだ。母が僕の一歩一歩を導いてくれる。僕には何の心配もないんだ!」

※17 シャンティは内なる平安と均衡をあらわす。外部のいかなる影響にも邪魔されない平安。この種の平安は一時的な肉体のものではなく、永遠の意識による霊的認識によってのみやってくる。

※18 グナ:特質。形而上的にはグナは基本的な宇宙的特質のこと。三つのグナはタマス(惰性、濃密、収縮力、抵抗、死滅)、ラジャス(刺激的、落ち着きのない状態、活動性、成長の拡大力、動き)、サットヴァ(静止、希薄、透過性、浸透性、純粋意識の光の反映)となる。人間の進化のプロセスにおいて、聖典はラジャグナとタマグナを背後にして、サトヴィックな性質を発展させることを推奨している。

続く

Lake_Manasarovar

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