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スワミジの伝記 2-8(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第8話

サティアナーラーヤナはマーナサ湖で深い平安の状態へ達したが、家へ戻ると「自分は何者なのか?」という、これまでと同じ切要な問いに彼の心は再び悩まされた。自身に何度もこれを問いかけるうちに、他の問題にも苛まれるようになり、聖なる湖で見つけた平穏が失われはじめた。討論、議論、書物からは自分が探している答えを得られないことはわかっていたが、ヴェーンカンマが導いてくれることを期待して、おばにはその後も質問を続けた。甥の問いかけに耐えられなかったヴェーンカンマは、答えるかわりに、夜のあいだは彼を寺院の小部屋に閉じ込めることにした。何度もこれを行ってサティアナーラーヤナを暗闇でひとりにし、問いを熟考させた。彼は徐々に見識を深めるようになったが、日の明かりにさらされると、得た知識はすぐに消え去ってしまった。

少年はそれでも問いを続け、おばを困らせた。ついに彼女の辛抱は限界に達した。

「金輪際、おまえの口を閉ざすようにしますよ!」と彼女は甥に言い、「体を清め、寺院へ行って、聖典を読みなさい」と命じた。

サティアナーラーヤナが寺院に到着して間もなくして、ヴェーンカンマもやってきた。右手には火のついたお香が入った赤く燃える炭の入れ物を持っていた。もう片方の手には、アーユルヴェーダの治療用に、すりつぶした薬草をモルタルからこそげ落とす際に彼女がいつも使っていた鉛製の道具があった。その道具の両端は、刃物のように鋭利になっていた。ヴェーンカンマが尖った先で炭をかき回すと、その刃物は熱せられて火のように赤くなった。

「ひざをついて座り、頭をシヴァリンガムにつけて神を強く抱きしめ、祈りなさい!」と、彼女はサティアナーラーヤナに告げた。

言われるがままに位置へつくと、ヴェーンカンマは後ろから彼に近づき、なにも言わずにいきなり燃える凶器を首に突き刺した。サティアナーラーヤナはあまりのショックと痛みで気を失った。少ししてから刃を肉体から抜くと、少年の意識がゆっくりと戻った。シヴァリンガムに自分の血が滴るのを目にした少年は、苦痛と恐れで悲鳴を上げた。それと同時に、母から教わった聖なる詠唱が彼の口から湧き出てきた。

Nagendra haraya Trilochanaya
Bhasmangaragaya Maheswaraya
Nityaya Suddhaya Digambaraya
Tasmai na Karaya Namassivaya

ナーゲーンドラ ハーラーヤ トリローチャナーヤ
バスマーンガラーガーヤ マヘーシュヴァラーヤ
ニッティヤーヤ シュッダーヤ ディガムバラーヤ
タスマイ ナ カーラーヤ ナマッシヴァーヤ

蛇の王である破壊者、シヴァ神に敬礼を
灰に塗れた体で三つの目を持つ者
偉大なる神、永遠の者
空気をまとう純粋なる者

いまだ痛みに叫び、シヴァ神の讃歌をつぶやきながらも、サティアナーラーヤナは血痕を残しながら寺院から走リ出た。寺院の裏側へと続く血の滴る道を進みながら、ヴェーンカンマは恐怖に襲われた。すると、古いドゥヴァジャ・スタンバム(寺院の正面にある長い鐘柱)が、壁に向かって傾いていた。サティアナーラーヤナがトカゲのようにその柱を這い上がっているのを見て、ヴェーンカンマは驚愕した。その木製の柱からは血が滴っていた。彼は柱の上までまっすぐ登り、鐘が吊り下げられている枠の上に立った。少年が恍惚状態にあることに気づき、ヴェーンカンマの悲痛は収まった。

「すばらしい! サティアナーラーヤナよ! よくやりました!」と、彼女は大きく歓喜の声を上げた。

サティアナーラーヤナが下へ降りてきたころには、血は止まり、痛みもなくなっていた。

ヴェーンカンマはサティアナーラーヤナを寺院へ連れ戻した。そこで彼女はハサミ道具を使い、燃える炭を甥の傷にこすりつけて、薬草の粉を擦り込んだ。即座に、傷は魔法のように癒えはじめた。数週間で、小さな傷がひとつ残るだけになった。近所の人々が怪我についてたずねると、サティアナーラーヤナがしっかり勉強しなかったため、焼印を入れたとヴェーンカンマは説明した。人々は彼女を「残忍な人間」と呼んだ。村の人たちは、その焼印の本当の意味と神秘を知らなかったのだ。

何年もあと、スリ・スワミジ(その頃にはそう呼ばれていた)はこの出来事の意義について説明した。 「この話を、魔法か妖術のように感じるかもしれません」とスワミジは語った。「しかし、彼女が成し遂げたヨギとしての行いを理解すれば、そのような疑問は生じません。当時、私はその段階へ近づきつつはありましたが、永遠かつ無限に至高の意識の流れと接することは、まだできませんでした。おばはハタヨガを介して、その時間の空白を取り除く決意をしたのです。ハタヨガでは、ラムビカ・ヨガ※19 が最高点です。それを達成するには2本の道があります。ひとつめは、舌の裏にある腱を切って、蜜を飲むことで少しずつ至高の状態へ到達する道です! ふたつめは、首の裏側を刃物で刺し、ケーチャリ脈の血管を切る道です。これは酷く、危険で、ほぼ不可能ですし、聖典でもほとんど触れられていません。しかし、舌の裏の腱を切る通常のやり方で進めていくには、おばの残り少ない時間では足りなかったのです。彼女が危険な試みを顧みなかったのは疑いもなく、そうすることをシヴァ神に命ぜられていたからだと私は確信しています」

「刃物の先でラムビカ脈だけを切らねばならず、近くにある他の脈、神経、線を傷つけてはいけません。考えるだけで恐ろしい行為です。おばのヴェーンカンマがこの驚異の技に成功したのは、強いシヴァ神の命があってこそです。ラムビカ脈を切ることで、何物にも邪魔されないサマーディの状態が引き起こされなければならず、私の首を切ったとき、おばはそれが起こることを予測していました。私が少なくとも3週間、その状態にあるだろうと彼女は見越していたのです。私がサマーディの状態にあるときに刃物を抜き、傷を治療するというのが彼女の計画でした。ですから、彼女は3分待ってから刃を抜いたのです。しかしここで、おかしなことが起こりました。私は目覚めたのです。ラージャ・ヨガを伝授しながら、母は私に抑制力を徐々に教え込んでいたため、私は何物にも邪魔されないサマーディの状態が長く続かない性質になりました。自然なサマーディの状態のみでいなければならないと、母は私に言ったのです。しかし、おばのヴェーンカンマは母が命じたことを知らなかったのです。私も忘れていました。しかし、母の望みには逆らえません! ですから、刃物によって引き起こされた強力なサマーディ状態は、数分の自然なサマーディ状態へと姿を変えたのです。それがわからなかったおばは、なにか間違いが起こったのではと、うろたえてしまったのです。しかし、私が不安定な状態にあるわけではなく、自然なサマーディの状態にあることに徐々に気づき、うれしく思ってくれました。実際になにが起こったかというと、刃物で脈が切れたことにより、私がこれまで何年もかけて内なる修練で習得しようとしてきた、呼吸制御が突如できるようになったのです。この突然の達成の結果、私は寺院の鐘柱を垂直に這い上がることができたのです。しかし実際は登ったわけではなく、柱の上まで浮き漂いました。登るふりをしただけです。私を観察していたおばは、それに気づいていました」

「ドゥヴァジャ・スタンバム(寺院の鐘柱)はヨーガ・ダンダム(霊的修行者の聖杖)と脊髄の象徴です。上部の鐘は、サハスラーラ(最高位のチャクラ)の蓮花の中で享受する至高の状態の象徴です。新たに習得したヴァーユ・スタムバナの力(呼吸制御)を使って、私のヨガ修練が意識の絶え間ない流れを経験する段階へ到達したのをおばに見せるため、私は柱を登ったのです。すべての疑いと迷いが消え、私は永遠の至高の状態へ到りました。このすべてを目撃した偉大なヨーギニーは私を賞賛し、私の達成を理解してくれたのです。彼女はその後、自分が教えたハタヨガの知識に加え、母伝来のラージャ・ヨガの知識も私が持ち備えていることに気づきました。思っていた以上に私の知識が深まっていたことを知り、おばは私を祝福してくれました。おばのヴェーンカンマは私にハタヨガと医薬に関する知識を与えてくれましたが、私のやり方は本質的にラージャ・ヨガなのです」

※19 このヨガの実践では、舌を後ろに曲げ、鼻から吸った空気が喉へ向かう位置に舌先が付くようにする。霊的な力により、そこへひとしずくの蜜が落ちてくる。

続く

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