ブログ

スワミジの伝記 2-18(『Swamiji The Manifestation』より)

カテゴリー :

第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第18話

サティアナーラーヤナは二十歳になろうとしていたが、いまだ高校を卒業していなかった。このことが家族を悩ませたが、彼は悩んでいなかった。彼が自分のために作った日課のために勉強の時間はあまりなかった。毎日、1時に起きると、沐浴し、ジャパを唱え、日々の詠唱を行う。続いてゴウ・プージャ(牛の礼拝)をすると午前4:30頃になる。牛乳配達をはじめ、7時前に家に戻り、学校の支度をする。クラスを終えると家庭教師をして、それが終わると封筒や蝋燭を作ったり、地元のビジネスマンたちのための計算を行うなどの仕事をしていた。ときどき彼は人々の家に行き儀式を行ったり、友人にヨガの姿勢を教えたり、彼らのためにバジャンを歌ったりした。しかしそれでも、音楽、儀式、講話などを含む宗教的行事が近隣の寺院であると、サティアナーラーヤナはそこへ行き出席していた。そしてすべてが終わるまでそこにいて、どんなに遅くても、朝からの日々の務めを一から始めるために家に帰っていった。
卒業の最終試験が近づくと彼の家族は顕著に心配をするようになった。試験はその青年がもっとも愛する主ガナパティのお祭りであるヴィナーヤカ・チャトルティと同じ時期に開催される予定になっていた。サティアナーラーヤナが勉強から遠ざかるのが、祭日として祝われる普通の九日間にとどまらないことを家族は知っていた。ケセア電気労働者街では、一カ月まるまるをその祭事で祝い、ドラマの上演、講話、すべての宗教的、文化的催し物があった。家族はサティアナーラーヤナがそれら全てに参加したがることを知っていたのだ。
予想された通りに、サティアナーラーヤナはガナパティ祭に完全に魅了されていた。地元のすべての青年たちは祭りのための寄付集めをしていて、サティアナーラーヤナもこれに参加していた。彼の俳優の友人ドワーラカは、祭りの演劇のチーフディレクターの一人であり、サティアナーラーヤナは聖なる演劇の人気上演者だった。彼の家族はサティアナーラーヤナに勉強について思い出させる機会を得ることができなかった。なぜなら彼はその企画に完全に魅了されていて、何日間も家に帰らなかったからである。伯母がとうとう彼をみかけたとき、試験の準備をしていないことについて叱った。
「もし試験に受からなかったら、僕の過ちです!」と彼は彼女に言った。しかしながら、家族たちを大いに驚かせたことに、彼は試験に合格し、高校を卒業したのだった。
 卒業にあたって、伯母はサティアナーラーヤナが結婚式のローンを返済し、自分でやっていくためのフルタイムの仕事を見つけるときがきたと決意した。彼女はまた規則的な仕事につくことによって、青年の奇妙な振る舞いのいくつかが終わってくれることを望んでいた。しかし彼に仕事を見つけることは簡単なことではなかった。彼の外見は全体的に変わり始めていた。サティアナーラーヤナはあまり身綺麗にせず、櫛でとかさない髪の毛は長くもつれてもっさりとなっていた。日々のほとんどを儀式を執り行うことに費やし、感覚を失い白昼夢状態になっているときが増えてきているようだった。彼は何時間もまったく周囲に気が付かず座っていた。彼は寺院での重要な仕事すらミスを犯すようになっていた。
 サティアナーラーヤナは自分が変化していることを知っていたが、その経験をどのように扱えばいいのか確信がなかった。「内的には、光輝く世界を自分は知っている」と彼は考えた。「外的には、世界のぬかるみにはまってしまっている。母は両方の世界に執着せずに同時に両方に生きなければならないと言った。しかし、それはまだ僕の経験になっていない。瞑想においてコントロールを失ってしまうというこの弱点のために、混乱と批判を引き起こしている。世界に参加しながらも深い瞑想に従事したままでいることを学ばなければならない。そうすれば、母が僕に知るように望んだ自然な達成に至ることができるだろう。この問題を解決しなければ、母が僕に臨んだ高いレベルに至ることはできない。それがなければ、僕は使命を完成させる能力が持てないんだ。仕事を始めるときが近づいている。急いでこのことを学ばなければならない」
 サティアナーラーヤナが問題を解決するために必要な導きを得るのは間もなくだった。ある晩、瞑想をして座っていると、主ガナパティが彼に話しかけるのが聞こえてきた。
「君のゴールへ至る二つの道がある」と象の頭をした者が囁いた。「君が今まで選んできた沈黙が、一つの道だ。これはシヴァの道だ。シヴァは南を向き、蓮華座を組んで、沈黙を通して教えている。これは君の伯母の道でもある。二つめの道においては、感覚とマインドによって感知されるすべてが存在する。地、水、火、風、空、世界とすべての生き物がこの道のすべてだ。この道では、それらの中に君がいて、それら全てが君の中にあることを学ぶ。君はすべてなのだ。これはダッタトレーヤの道だ。君の母の道だ」
「それらの道は本当に違っているんですか?」とサティアナーラーヤナは心の中のガナパティのイメージに尋ねた。
「違った道だと認識されると、それらは違っている。目的地へと達すると、どちらも存在しない。なので、違いについての質問はないのだ」とガナパティは説明した。
「なぜそれを僕に言うのです? 僕はまだ目的地へと至っていないのでしょう?」とサティアナーラーヤナは尋ねた。
「君は最初の道、シヴァと沈黙の道を行こうとしている。しかし君の道はふたつめの道、ダッタトレーヤと君の母の道だ。君の母はすでに目的地に達している。しかし彼女は君を導くためにふたつめの道を実践的な方法として選んだのだ。これが君が人類のためにすべきことなのだ」と主ガナパティはサティアナーラーヤナにするべきことを見せたのだった。

01-kalagni-shamana-dattatreya-mysore

続く

PAGE TOP