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スワミジの伝記 2-25(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第25話

サティアナーラーヤナは、神への献身の必要性についてカンナダ語とテルグ語で講演を行い始めた。日曜のホーマの話の後、インドリヤ ニグラハ(感覚器官の制御)とマナヴァ ダルマ(人間の真なる正義・法)、スヴァダルマ(個人の義務)についての重要性を強調した。簡単な例と祈りの歌を通して教訓を教えた。ある日、ホーマの間、サティアナーラーヤナがガナパティ(ガネーシャ)の千の御名を唱え始めたとき、壁にかけられたガネーシャの絵の鼻から水が流れ始めた。若いスワミは小さいバケツを絵の下に置き、儀式を続けた。プールナフティ(火へ捧げる最後の儀式)の頃にはバケツがいっぱいになり、とめどもない水の流れは止まった。サティアナーラーヤナはコップ一杯の水を汲んで飲んだ。残りの水は神聖なティールタ(聖別された水)として参加者全員に配られた。この不思議な出来事のニュースは電気街に広がり、さらに多くの人々がサティアナーラーヤナを見るために村を訪れるようになった。人々は彼を電気街居住地の名前にちなんで『ケセア スワミ』と名付けた。
 こうなるとスリカンタヤの家はサティアナーラーヤナを見るためにやってくる何百もの人を入れるには狭すぎるので、若いスワミは友人であるドゥワーラカにスリカンタヤ家の前にテントを設置するよう依頼した。その俳優はスワミの最初の帰依者になっていたが、スワミに確信を持つためのテストしていなかった。最初ドゥワーラカはサティアナーラーヤナが人々を騙すために手品仕掛けを使っていると信じていた。周囲の友人たちに起っていると人々が主張する奇跡に神聖な力が関与しているとは信じていなかった。しかしスワミの評判は高まり続け、ドゥワーラカはサッカーチームの仲間たちと関心事について話し合った。そして彼らはサティアナーラーヤナを試そうと決めた。電気街にサッカー選手たちが到着すると、若いスワミを一目見て足に平伏しようと列をなして立っている大きな群衆がいた。サティアナーラーヤナは箱からプラサーダム(聖なる贈り物)を取り出して一人ひとりに手渡していた。ドゥワーラカは、試合するために雇った人たちの前でお辞儀をするのを拒んだが、彼はサッカーチームのキャプテンだったので、友人たちに若いスワミの前へ行き、プラサーダムをもらい、持って帰ってくるように要求した。
 サティアナーラーヤナは箱からプラサーダムを出し、箱が空になったら少年に家に戻してくるように頼んだ。ドゥワーラカは古い友人がどこに住んでいるのか好奇心を持っていたので、その少年が家に入っ後について行った。少年は箱をガナパティの絵の下に置いた。ドゥワーラカが部屋を見渡しているとき、サティアナーラーヤナがさらに多くの人がやってきたので少年にまた箱を持ってくるように言っているのが聞こえた。少年は走って家の中に入ってきて、不思議にもプラサーダムでいっぱいになっていた箱をつかんだ。ドゥワーラカの好奇心は頂点に達し、行って列に並ぶことにした。彼の番になったとき、その手をサティアナーラーヤナに差し出したが、平伏すことは拒んだ。
「どういうことですか?」と若いスワミは尋ねた。「ここに来て、手を差し出しているのにその乱暴な感じとは」
 しかしサティアナーラーヤナはドゥワーラカにプラサーダムを手渡した。ドゥワーラカがプラサーダムを楽しんでいるとき、誰かがスワミに牛乳が入ったグラスを持ってきた。サティアナーラーヤナは牛乳を飲んで、グラスを振った。グラスを逆にひっくり返すと、チリンチリンと音が鳴りだし、牛乳を持ってきた男の手の中に金のロケットが落ちてきた。
 すぐにドゥワーラカはサティアナーラーヤナのところへ行き、また手を差し出し、「僕にもください!」と言った。
「簡単だと思いますか?もらうには、あるルールと制約があります」とサティアナーラーヤナは答えた。「明日の朝早いうちに冷水で沐浴して聖灰を額につけて、5時に会いにきなさい。私が割り当てた仕事をやってもらわなければ」
 翌朝、ドゥワーラカは若いスワミが言ったようにした。家に着いたとき、サティアナーラーヤナは1ドル金貨を彼のために物質化した。その時以後、ドゥワーラカはサティアナーラーヤナが頼むことは何でもやった。頑強だったので、若いスワミのボディーガードになった。そのため、テントの必要性があるときは、ドゥワーラカが一人で対応するのはごく自然なことであった。調べてみたところ、ドゥワーラカとサッカーチームの友だちは電気街の事務所に一つ大きな防水シートがあることを知った。
 しかしスワミはドゥワーラカの気性の荒さをわかっていたので「行って、穏やかに敬意を持ってテントをお願いするように。もし渡してくれないようならば、帰って教えてほしい」と言った。
 その日の夜、ドゥワーラカのサッカーチーム全員、電気街の村にやって来た。バール(かなてこ)とシャベルを持って家から家へと渡り歩き、テントの枠を建てるのに必要な材料を各家から持ち出し始めた。電柱や家の垂木(たるき)、庭の木などプランに役立ちそうな見つけられるものは何でも持ち出した。材料が得られようが、得られなかろうが、家主に何も断らなかったのは一度ではななかった。彼らは不作法な人間たちと知られていたので、その振舞いを問いただす人はいなかった。その夜9時にサッカーチームはテントの枠組みまで完了したが、電気街事務所の防水シートがまだなかった。夜11時ごろ、ドゥワーラカは三、四人の仲間を引き連れて、電気街事務所の人の家に行った。その事務所は彼らの活動については既に耳にしていた。事務所の人間は、彼らがたくさんの電柱を取っていったので、玄関で会うことを決して望んでいなかった。しかしながらドゥワーラカは恭しく事務所の人に挨拶し、計画を完遂するために防水シートが必要であると伝えた。電気街の役人は怖くなった。役人は自分がオフィスにいたならば、彼らを追い払っていたのだが、役人の子どもたちがそばにいて、しかもドゥワーラカや男たちが子どもたちに危害を加えるのをわかっていたので、防水シートを彼らに渡すことを決めた。使用人を呼んでドゥワーラカのために材料を持ってくるように伝えた。深夜にはテントは完成し、朝にはホーマのための準備が整った。
 数日後、サティアナーラーヤナはドゥワーラカを呼んで注意した。「君がやったことは私に多大な不名誉を引き起こしたことをわかっているか?」スワミは尋ねた。「人のうちから何かを持ってくるときは、まずはじめに許可をもらってからにすると私に誓ってほしい」
 テントが完成すると、日曜日の集まりの数は増えていった。サティアナーラーヤナはホーマを僧侶に委ね始めたので、群衆の人々により注意を払えるようになった。しかしプールナフティ(最後に捧げる儀式)だけは自分で行い続けた。スワミは彼の訪問者に大いなる愛情を持って話しかけながら群衆の間を歩いた。時に彼らが個人的な問題について尋ねたり、足に触れたり、贈り物を贈るのを許容した。時に群衆は落ち着かなくなり、スワミにたどり着くために、踏みつけたり、押し合ったりした。そうしたことが起きるとサティアナーラーヤナは怒り、腕を振って叱った。群衆が落ち着くまで誰もスワミのそばに来ることは許されなかった。
 ホーマが終わると、スワミはナーマサンキルターナ(神の御名を歌うこと)を始めた。数時間歌い、人々に加わるように促した。当時のサティアナーラーヤナはあまりバジャンを知らなかったので、代わりに神聖ないくつかの神の御名を選んで、数時間唱え続けた。ドゥワーラカは昔からの友人が歌のセッションをリードしているのを聞いて驚いた。ドゥワーラカが舞台の一座にサティアナーラーヤナを雇ったときは、その少年がいい声をしているとは思ってもみなかった。ドゥワーラカはスワミがどうやって歌を習ったのか不思議に思ったが、もっと驚いたのはキールタン(神の御名を歌うこと)のセッションの時に起きたことだった。サティアナーラーヤナが目を閉じて小さな壇に座っていたとき、彼は唱えることに完全に夢中になっており、群衆の中に奇跡が起こった。突然、神の肖像画、聖灰、吉祥な赤い粉であるクムクムなどが人々の手の中に現れたのだ。ある人は自分が崇拝している神の相のヴィジョンを見たと言った。他の人は病気からの自然な治癒を報告した。音楽がスワミにとってどれほど重要なものであるかを理解し始めると、日曜のホーマの際にコンサートの演奏するのに有名な音楽家たちを招待するようになった。
 サティアナーラーヤナスワミは、彼自身とホーマを執り行うよう頼んである司祭たちに対して清潔さと清浄さについて厳格な規則を課した。司祭たちはいくつかの規則を好まなかった。時にサティアナーラーヤナが自身の制約を遵守していないと思うときは特にそうだった。にもかかわらず、司祭たちは参列者が増えたため、多額のダクシナ(儀式の参加費用)をもらえると予期していた。しかしスワミはアーラティのお皿に集められた全額を貧しい人たちに与え、司祭たちには何も与えなかった。
 数週間後、司祭たちはスワミのところにやってきて、不平を言った。「私たちはあなたの厳格な制約と遵守のもとでホーマを執り行ってきました。私たちの行為の結果として、あなたは人々の病気を治療したり、いろいろしてあげています。そのことは私たちも喜ばしいと思っています。しかしあなたはホーマが行われている最中でも群衆に触れながら歩いて、戻ってきてプールナフティ(最後に捧げる儀式)を行い、同じ衣をつけたままです。これは聖典によって規定された清浄のルールと、あなたが明示したルールに反します。ですので、あなたはプールナフティが終わるまで誰にも触れるべきではありません」
 「皆さん、私は、制約と規制を遵守する意識を皆さんより持っています」スワミは答えた。「群衆の中を触れながら歩いていくとき、それは私がある意識の段階に到達したからなのです。その段階にいる限り、不純でさえも、私が触れることによって純粋になります。しかし、彼らの不純性は私に影響を及ぼしません。私がその段階にいないならば、またすべての制約を遵守します。もしその段階に達していないならば、ホーマを行おうが有益な結果は人々に及ばないでしょう。その段階にいるとき、人々は私に触れることを我慢することはできないのです。そのため私はそうしなければなりません。これは経典でも容認されていることです。心配するなら、あなた自身の制約を遵守してください。それで十分です」
 翌日曜日、ホーマの全ての準備が整ったとき、司祭は誰も到着していなかった。なぜ来ていないのか少年が見に行かされた。
「司祭は全員欠席することにしたようです。司祭たちはあなたが伝統的ではない方法で行っていると言っています。それをやめると約束しない限り誰も行かないと言っています」少年は戻って来て言った。
 聴衆は静かになった。サティアナーラーヤナは静かに顔をしかめた。少ししてサティアナーラーヤナは自分でホーマを開始した。スリカンタヤはこれまで自宅で数々のホーマを補佐してきており、積極的に補佐役を買って出た。1ヶ月の間、スワミとスリカンタヤはホーマを執り行った。そして5週目になると正規の司祭たちが戻ってきて、もう去らないような態度をとりながらホーマに参加し始めた。
 スワミが家から出てくると司祭たちがそばに行き、「数日間来ることができませんでしたが、どうぞ許してください」と言った。
 スワミは静かに高座へと上がってゆき、腰を下ろしてサンキールタナ(神の御名を歌うこと)を始めた。司祭たちはホーマを開始し、まもなくスワミは群衆の中へと行き帰依者たちに触れ始めた。

続く

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