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スワミジの伝記 2-29(『Swamiji The Manifestation』より)

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第2の周期(1954-1966) 若きスワミ 第29話

スリカンタヤの隣人は凝り固まった共産主義者だった。人々を騙してお金を集めるための仕掛けだと言いながら、マーラーヤはスワミの活動に苦情を言ったものだった。彼はスワミが人より自分が上であるかのように仕立て上げようとしていると信じていた。
「こういった迷信が我々の国の進歩を台無しにしてきた」とマーラーヤは仲間によく言っていた。
 不幸にも、彼の妻はひどい胃潰瘍に苦しんでおり、悪化の一途をたどっていた。マーラーヤはスワミを公然と認めていなかったが、仲間たちは彼女に、病気のことで何か助けになるかもしれないと、サティアナーラーヤナのところに行ってみるように勧めた。
「スワミはあなたの仲間であり、友人だ」と彼らは彼女に言っていた。「彼はあなたをがっかりさせないよ」
 マーラーヤの妻の苦痛がひどくなったため、夫に言わずにスワミに会いに行くことを決心した。家に行ったとき、サティアナーラーヤナは彼女に話しかけなかったが、ヴィブーティの一袋を彼女に投げた。その夜、彼女の痛みは無くなり、マーラーヤに彼女がどうなったかを伝えた。彼は怒り狂った。
 「馬鹿な女め!」と怒鳴った。「自分の思い込み以外の何ものでもないのがわからないのか!お前はあの男に会って幸せになったから、痛みを忘れたんだ。それだけだ!灰が潰瘍を消したり治すことができるのか!お前の言っていることは馬鹿げている!恥ずかしいことをしたもんだ!」
 次の日、マーラーヤの妻は病院に検査のための予約を入れた。検査が終わると、医者たちは彼女に潰瘍は消えたと告げた。マーラーヤは唖然とした。自分の妻が治って嬉しかったが、起こったことをどう説明するのかということに直面していた。彼はそのまま真っすぐ病院からスワミのところへ向かった。家に到着したときサティアナーラーヤナは講義をおこなっていた。話は始まっていたが、マーラーヤが入室すると、話は新たな方向へと進んだようだった。
「主義とは何でしょうか?」マーラーヤが座るあいだ、一瞬間を置きながら、スワミが尋ねた。「この世界には私たちにとって明らかな真実というものがあります。知性と理解が進むにつれて、私たちはさらに微細な真理に気づくようになります。同様に、幸運に年を重ねるなら、人生の毎日の生活に起こる出来事から真理を学び始めるでしょう。真理を見出したのはニュートンの幸運でした。ピタゴラスは別の真理を知るよう祝福されました。しかし、真理のすべては、たった一人の人間だけで学べるものではありません。なぜでしょうか?それぞれの専門分野において訓練されたマインドが花開くとき、専門分野における固有の真理自体が、その知識分野に目覚めているマインドの程度に比例して、その人に明かされます。あなたの知性がまだ開花していないならば、知覚力が網羅する範囲を完全に経験することはできません。人が知性を発達させるとき、マインドは開花し、新しい真理への洞察を獲得します。シンプルなことです」
「それぞれの個人が学んだものをつなぎ合わせることによって私たちは知識を得るのです」とスワミは続けた。「ですが私たちはまだ完全な知識を得ていません。そして多くの問題が未解決のままです。このことから、学ぶべき真理がまだあるという結論に至ることはできないでしょうか。 好奇心で燃え、幾多もの転生で理解しようと試み、知っている知識を吸収し、更なる知識を探究している人にとって、学びたいという願望は自然なものです。この知識と真理への探究は、時のはじめから続いており、これからも続いていくでしょう。人々が真実と真実の間を繋ぎ、人生を生きるためのガイドラインとして特定の方法でそれを組織し説明するとき、それが『主義』と呼ばれます。それぞれの主義の正しさの証明は、人がすでに真実であると知っているものによって裏付けられるかどうかです。それがなされれば、議論や確認の必要はありません。しかし、人によって違う多様な真実の理解は、その人の態度と知識によるのです」
 論点を例証しながら、スワミは続けた。「空は青い。私たちは空を見上げることができ、それが真実であることを知っています。そこに議論はありません。科学者たちは、なぜそれが青く知覚されるのかについて、たくさんの理論と疑念を持ちます。『空が青くあるということは不可能だ』と、ある理論家が立ち上がって、叫んだと考えてみてください。彼と議論する必要があるでしょうか?彼が自分の目で空の青さを見ることができれば、自分の理論に欠陥があり、なぜ人の目に空が青く見えるのかについて、より深い真理を探究する必要があることを知ります。真理の知覚におけるこれらの欠陥を理解するための探求は、人間に特有のものです」
「不幸なことに、一人の人が全ての真理を知ることはできないという事実への視野を失い、個人の名誉のためにそれらの主義を使う人々もいます」と、悲しい声の調子でスワミは加えた。「若干の例で、その主義は、彼らの統治力、政治、個人がもつ乱暴な考えと切り離されたものになっています。そのような人々は救い難い人々です!そのような人々は、おそらく自分の考えに間違いがあるかもしれない、そしてより深い知識と真実を探さなければならないということを理解する用意がありません。彼らにとって、空は青く、それに疑念の余地はありません。しかし彼らは、それが目の前にあるにも関らず、空が存在しないという言う人々よりはいいと思います。そのような人々はさらに救い難い人々です!真の探求者である人は、新しい知識に直面するとき、その新しい知識を受け入れ、それと自分の主義をはかりにかけます。そして自分の主義が、新しい真実のなかに占める場所がなかった場合、それを改める必要があります。新しい真実を締め出すべきではなく、古い主義が広げられ、再検証されるべきです。自分の信条から真理を払いのけて無視することは、人間の知識への探求に占める場を持つべきではありません。」
 スワミのプログラムは、シンプルな日曜日のホーマとサットサンガから、短い講話を含むものにまで発展し始めていた。小講演は日曜日と木曜日に簡潔な言葉で語られた。彼は学術的なことを話したり、オープンなディベートを持ったりはしなかった。スワミは霊的な修練において学ばれるべきことに焦点を置いていた。彼は霊的な道における障害について警告し、帰依者を助けるための予防措置や治療法を提供していた。噂は広まり、すぐにマイソールの外からも学者や学生たちが参加するようになった。彼らのなかには、カルナータカ州の州都であるバンガロールから来たスッブラマニヤ・ムダリアとタムマナがいた。彼らの招待によって、スワミはマイソールの外へのプログラムのための最初の旅をすることになった。
 スワミの役割が増えていくにつれて、サティアナーラーヤナの生活は徹底的に変化していた。夕方のサットサンガの後、ある帰依者が電気街へ帰るスワミのために車をボランティアで運転していた。家につくと、サティアナーラーヤナは自転車に乗ってそのイベントへ行き、それを置いてきたことを思い出した。
「ヨーギが忘れるということはない。なぜこのことが起こったのか?」と彼は自問した。
 スワミは自転車の使用をやめて、続くしばらくの日のあいだ仕事場へ徒歩で向かい、郵便のルートを歩いて行った。彼の置き忘れは、新しい生活に入っていたことの前兆だったことが、まもなくあきらかになった。
 自転車を忘れてから数日後、サティアナーラーヤナは郵便局長のナラシンハヤが心配事を持っていることに気づいた。
「どうしたのですか?」とスワミは彼に尋ねた。郵便局長が理由を言うまえにサティアナーラーヤナは言った。「心配はいりません。来週、あなたのお嬢さんの結婚が手配されるでしょう」
 ナラシンハヤは驚いた。なぜなら彼は娘の結婚を心配していることについて誰にも話していなかったからだ。以前から郵便局長はサティアナーラーヤナがさまざまな力を持っていることに気づいていたが、翌週に予言が現実化すると、それでも驚いてしまった。そしてその若者に対して多大なる敬意の念を感じた。次の日、彼は事務所に彼を呼んで、その足元にひれ伏した。
「あなたは偉大な人物とお見受けします」と彼はスワミに言った。「あなたに何か仕事をさせるのは私には罪だと思えます。そしてここで仕事を続けるようにあなたに言うのは恐れ多いことです」
 サティアナーラーヤナは答えなかった。彼は静かに郵便局長の事務所を去ると、もう二度とその仕事に戻らなかった。サティアナーラーヤナは仕事を辞めると、シャツとズボンを着なくなり、より僧侶にふさわしい衣服を着るようになった。外出時でさえ、ルンギ(お尻のまわり一切れの布を巻くとてもシンプルなスタイル)にした白布と上着だけを着て行った。ホーマとプージャをおこなうときは、赤絹のドーティ(下半身と足に美しく巻いた長い布)を身に着けた。
 このとき、サティアナーラーヤナを郵便局の仕事に就くのを助けたクリシュナッパが、なぜ彼が仕事を辞めたのか知るためにケセアにやって来た。クリシュナッパは今やマイソールとバンガロールを結ぶ道にある小さな町であるマンディヤの郵便局長だった。
 若きスワミは彼に話した。「ヨーギであるために、私は神の道を歩んでいます。今、私の唯一の仕事は、周りのすべての人々を同じように神へと連れていくことです。かつてあなたは私がヤクシニー(天人の女性系)の力を成就しているのかどうか尋ねました。覚えていますか?そのような成就はすべて低い獲得物です。真の成就は、すべての人のために、すべての成就の主、主ヴィナーヤカの愛を勝ち取ることです。私は今、彼の言葉に従っています。私たちの宗教は、古来のものであり、すべてを包含しています。ガナパティはこの宗教を世界中に示す仕事を私に委任しています」
「私の仕事は広大なものです。真の使命はまだ始まっていません」彼はクリシュナッパに説明した。「これまでに私がしてきた奇跡やその他の不思議なことについては、単に基礎をつくったに過ぎません。ダルマ(正しい生き方、正しい行い)の大邸宅は、善良さと高貴さのレンガを基礎に建てられます。その建築が仕上がれば、誰も壁の側で穴を掘ることもできないでしょう!今やっているすべての不思議や奇跡は、後になると、重要ではなくなります。真の奇跡はそれから始まります」
「私の仕事は、人々に変革を起こすために、自然な傾向、ダルマへの自発的な愛を作ることだけです」と彼は親族である彼に話した。「この目的のためにありとあらゆる資源を用います。今も、その目的へ至る計画をもっています。あなたはそれが展開していくのをみることができます。今はここが私のアシュラム(庵)です。ここで行われているプログラムについて聞いていると思います。休暇のたびに、ここを訪問しなさい」

続く

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