言葉と教え

シュリーマド・バーガヴァタム 第62話

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パリクシットは、蛇の姿をしたタクシャカの姿で自身に死が差し迫っているという知らせを受け取りました。これは、タクシャカの毒が彼を殺すことを暗示しています。世俗的な束縛(サンサーラ)に没頭していた彼に離欲(ヴァイラーギャ)を生み出すために、タクシャカの毒が到着したのです。このように解釈されるべきです。ここで伝えたいのは、この毒が何を意味するかです。

パリクシットは、自身が一刻も早くタクシャカの毒に捕えられ、燃やされるべきだと切望していました。彼は過ちへの懲罰を待ち望んでいました。ヴェーダンタの理論的な分析を通じて、統治中であっても、現世と来世の居心地の良さに対して完全な識別心をもった状態に至ることを決心しました。彼は、主クリシュナの蓮華の御足に奉仕することが、この世界での最も高貴な活動であると判断しました。

この毅然とした決意で、彼は完全に食糧と水を断ち(プラーヨパヴェーシャ)、死を待つためにガンジス河の岸辺に座りました。

yā vai lasac-chrī-tulasī-vimiśra-
kṛṣṇāṅghri-reṇv-abhyadhikāmbu-netrī
punāti lokān ubhayatra seśān
kas tāṁ na seveta mariṣyamāṇaḥ
ガンジス河は、彼女自ら、トゥルシーの葉(ホーリー・バジル)、白檀(サンダルウッド)の粉、主クリシュナの蓮華の御足の塵を取り込みます。河はそれらとともに自らの流れに身を任せます。このようにガンジス河は、世界の守護神(ローカパーラカ)を含め、あらゆる存在の内的・外的な純粋さを与えるために、自らもより一層吉祥な存在になっていきます。したがって、ガンジス河は死を弔う時に崇められるべきです。

ガンジス河を崇拝しない人などいるでしょうか。つまるところ、ガンジス河は、主マハーヴィシュヌの蓮華の御足から流れる水以外の何ものでもありません。主の足元にその源泉があります。

この理由から、パーンドゥの子孫であるパリクシットは聖なる河ガンジスの岸辺でプラヨガヴェーシャ(食べ物と水を断つこと)によって人生を終わらせることを決意しました。束縛に満ちた物質的世界に対して完全に執着のすべてを諦め、放擲の誓いを受け入れました(ムニ・ヴラタ)。

雑多な思考からマインドを解放し、彼は至高の主の蓮華の御足に専心しました。
その時、この宇宙を自らの存在によって永遠に浄化する至高の聖仙(マハリシ)数人が、弟子と共に到着しました。

prāyeṇa tīrthābhigamāpadeśaiḥ svayaṁ hi tīrthāni punanti santaḥ
偉大な聖仙らは、聖なる巡礼地を訪れるのが目的と言いますが、実際は、巡礼地そのものを純化するためにやってくるのです。

私たちのような一般人が巡礼者の中心地を訪問する場合にも純粋さが得られます。しかし、偉大な聖者(マハトマ)たちが巡礼地を訪問するとき、神聖な巡礼地は純粋なものになります。これは絶対的な真実です。

聖仙のアトリ、ヴァシシュタ、チヤヴァナ、シャラドヴァンタ、アリシュタネーミ、ブリグ、アンギラサ、パラーシャラ、ヴィシュヴァーミトラ、パラシュラーマ、ウタティヤ、インドラプラマダ、イドマヴァーフ、メーダーティティ、デーヴァラ、アリシュティ、バラドヴァージャ、ゴウタマ、ピッパラーダ、マイトレーヤ、アウルヴァ、カヴァシャ、アガスティヤ、そして永遠に崇拝される聖仙ナーラダが、同時にそこに到着しました。

これは、皇帝パリクシットが、母親の子宮内にいる時にさえ、至高の人物のダルシャン(偉人や聖者との謁見)を持っていた偉大な存在であったためです。あなたは、そのような偉大な人物が、なぜ過ちを犯したのか疑問に思うでしょうね。これはカリの影響のせいです。人は、いかなる時も警戒が必要です。怒りに駆られた時は、細心の注意を払ってください。その際には、モウナ(沈黙)のヴラタ(法則)に従うか、もしくはエゴを抑えるべきです。その時のパリクシットは、いずれにも従うことをしませんでした。これはカリの影響でした。

パリクシットがガンジス河の岸辺で命を捧げることを決意した時、至高の聖仙らがそこに到着しました。上述の聖人に加えて、多くの天仙(デーヴァリシ)、梵仙(ブラフマリシ)王仙(ラージャリシ)の聖者らも到着しました。

パリクシットは、聖者一人ひとりを温かく敬意を持って歓迎し、頭を下げました。その後、彼ら全員はゆったりと席について、絶対的に純粋なマインドと知性を持ったパリクシットは、再び深くお辞儀をし、手のひらを合わせて、皆の前に立ちました。彼はプラヨパヴェーシャ(断食して死を待つ事)について話しました。

彼は言いました。「なんと素晴らしいことでしょうか!自分のことを無価値な人間と考えている私のために、最高に高貴な聖者の皆様方が、私を祝福に値すると考えてくださり、ここに参られました。私は本当に幸運です」

それから彼はシュリ・ハリに祈りました。

ナーラーヤナ!ナーラーヤナ!ナーラーヤナ!

続く

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