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ヨーガ・ダルパナの紹介

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シュリ・ダッタ・ヴィジャヤーナンダ・ティールタ・スワミジの祝辞
2015年6月24日 アヴァドゥータ・ダッタ・ピータム、マイソール

※『ヨーガ・ダルパナ』は、シュリ・スワミジによる、パタンジャリ『ヨーガ・スートラ』の解説書です。

サッドグル、シュリ・ガナパティ・サッチダーナンダ・スワミジに敬意を表します。シュリ・スワミジは、世界を輝かしい光で満たす太陽のように世界中にヨーガの知識を広め、チトラバーヌの年に人の姿を現し満月のように至高の知識を授けています。

ヨーガはトリカラナ・シュッディ即ち思考・言葉・行いの純粋性を授けます。今の世代はヨーガを単に肉体を強化するいくつかのエクササイズだと誤って捉えています。それが「ヨーガ」の言葉の解釈になってしまっています。

体を強くし健康を確保することは、すべての霊性探究に前もって必要であることは疑いようもありません。しかし心が不健全では体が健康でも完全な健康ではありません。体が健康でなくても、精神が頑強で元気であればゴールに達することができます。

聖仙パタンジャリは、健全な心の力を借りて、一点にフォーカスした集中力を発達させ、それを通して心を至高の主に融合させるための方法を教えるヨーガの詩句を構成しました。

聖者マツエーンドリヤナート、ゴーラクナートやナートゥの伝統に属する人たちが世界中にハタヨーガを伝えました。ハタヨーガのエクササイズを実践する志向者は、パドマーサナ、シールサーサナ、ヴィーラーサナ、バドラーサナやヨーガのアーサナを習得する一方で、生命フォース(プラーナ・シャクティ)を研究して、それにより身体的な健康、また精神的な健康、頑強さを得ることができます。

ハタヨーガに関連する聖典では、六つの霊的センターを瞑想する(サット・チャクラ・ディヤーナ)過程と、さまざまに違ったプラーナーヤーマの呼吸法について詳細を教えています。『サット・チャクラ・ニルーパーナ』、『ゴラク・サミタ』とこの主題について説明している多くの重要な論文が書かれました。

『ヨーガ・ビンドゥ・ウパニシャッド』、『ナーダ・ビンドゥ・ウパニシャッド』、『マハーナーラーヤナ・ウパニシャッド』や他のウパニシャッドもヨーガに関連するテーマのすべてを、簡潔にも詳細にも説明しています。続いて、簡潔なテーマを詳細に説明する多くの論文が書かれました。詳細な説明を理解する過程で生まれる疑問は、正しいヨーガの方法論の哲学的知識を創造する間に解決されます。しかしながら心を消散させて、至高の真我に溶け込ませることに関連するテーマを事細かに説明する論文は書かれていませんでした。

この空白を埋めるために千の頭をもった主アーディシェーシャが聖仙パタンジャリとして化身しました。聖仙は『ヨーガ・スートラ』を書いて全人類を祝福しました。ヨーガのすべての論文が終わりを迎える地点が、聖仙パタンジャリがヨーガ・スートラを書き始めた地点でした。

論文『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガに関連するすべてのテーマを探究しますが、初めの焦点は「心」だけです。そのためまさに「心に関連する論文」として呼ぶことができるのです。

心は、自分が好むどんな形にもなります!気まぐれでころころ変わります。感覚の召使いであるうちは心が王様です。心が手綱であれば感覚は馬です。「ジニャーニ(英知を持つ人)」は感覚器官と呼ばれる馬と友だちになり、体と呼ばれる二輪戦車を運転します。

先達の人々は、ヨーギの道は行動の属性(ラジョ・グナ)がわずかに占めると宣言しました。聖仙パタンジャリには、そのほんのわずかなラジョ・グナも滅して、この道を善性(サットヴァ・グナ)の特質のみで満たすものに変換させた栄光があります。

ヨーガとは、感覚と呼ばれる馬と友だちになり、あるいは統御し、心を至高の真我と一つにすることです。クリヤヨーガが感覚の完全な統御を発達させるものとすれば、ディヤーナ・ヨーガ(瞑想のヨーガ)またはサマーディ・ヨーガは感覚と健全な友人関係を発達させる道です。

王に打ち勝つことは、その軍隊に打ち勝つのと同じように簡単ではありません。王は戦場から逃げることが可能な無数の手段を持っています。私たちが心と呼ばれる王を征服するのであれば、その全王国、すなわち心が完全に私たちの管理下に置かれます。

聖仙パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』はハタ・ヨーガとジニャーナ・ヨーガの橋渡しのようなものです。誰もハタ・ヨーガに永遠に留まり続けることはできません。どこかの時点で誰もが霊的知識の道(ジニャーナ・マールガ)を歩んでいかなければなりません。

至高の知識自体が解放なので、この道を歩まなければ解放は達成できません!これは明らかなことです。霊的知識の道を生きとし生けるものに伝えるという神の意志とともに、聖仙パタンジャリは『ヨーガ・スートラ』を書きました。

この論文には信愛(バクティ)に関する言及はほとんどありません。強調点は主に、霊的志向者(アビヤーサ)が実践すべき規律と心の統御についてであり、培うべき無執着(ヴァイラーギャ)についてです。

『ヨーガ・スートラ』は『ブラフマ・スートラ』で使われる「アター」という言葉の解説以外の何ものでもないと確信をもって言うことができます。この『ヨーガ・スートラ』は真我実現を達成するのを助けますが、十分な解説がなければ理解ができないものです。その主題について理解したと感じられても、その理解は最終の解放を得るのには十分ではありません。そのため、帰依者や霊的志向者たちが理解できるように、サッドグルデーヴァ・シュリ・ガナパティ・サッチダーナンダ・スワミジが、様々な集まりの場で解説しているのです。

ダッタ・ピータ・アーシュターナ・ヴィドゥワン・シュリ・ラニ・スッバイ・ディークシトゥルは、サッドグルデーヴァの様々な講話の、このテーマを集約する巨大な仕事に従事して、帰依者たちの利益のために書籍という形にしました。この仕事を私たちは心から賞賛します。

サッドグルデーヴァの恩寵で彼の努力が、熱心にクリヤヨーガを追求する霊的志向者に向上のための知識を授けますように。また至高の知識を得るための旅路の助けとなりますように!この祝福のために祈ります。

ヨーガマールゴー・ヴィヴァルタターム

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