ブログ

ラリタ・サハスラナーマの名の意味51~60

カテゴリー :

51. Sarvābharana-bhūśitā サルヴァーバラナ・ブーシター

意味)この上なく美しい神聖な装飾具を身に着け、彼女は輝いています。良い知性(サッドブッディ)、健全な思い(サダローチャナ)、賢明な良い人々との交際(サットサング)を持ち、善行(サット・カルマ)に勤しむ全ての人々は、彼女を飾る装飾具です。
この名までは、彼女の粗大な姿(ストゥーラ・ヴァルナ)が頭からつま先まで描写されてきました。十六音節(ショーダシ)のマントラが彼女の粗大な姿において詳述されていました。これから続く名前は彼女の住居を詳述します。

52. Śiva-kāmeśvarānkasthā シヴァ・カーメーシュヴァラーンカスター

意味)彼女は荘厳にシヴァカ―メ―シュワラのひざの上に座っています。あるいはシヴァカ―メ―シュワラと呼ばれる椅子・台座に座っています。
シヴァカ―メ―シュワラ(シヴァ[シヴァ神]+カーマ[願望]+イーシュワラ[主])は、至高のパラブラフマーです。シヴァは「吉祥をもたらす者」を意味します。カーマ[願望]+イーシュワラ[主]は、「プラグニャ(意識)とジュニャーナ(英知)の主」を意味します。このシヴァカ―メ―シュワラの上に座っているということは、彼女が知識・意識・吉祥の上に座っていることを意味します。これらの上に座っていることで彼女がこれら三つの統治者であることを強調しています。彼女は自分の子どもたちにこれら三つを降り注ぎます。
シヴァの膝に乗っている彼女を見るときは、彼女がジニャーナ(英知)の上に座っているということを思い出すべきです。

53. Śiva シヴァ

これは『ラリタ・サハスラナーマ』の中でもっとも強力な名前の一つです。この名は両側にある全ての名を照らしています。千の名すべての中の宝珠だと言われています。
この名は多くの意味を持っています。そのうちのいくつかを思い出してみましょう。
シヴァの妻として、彼女はシヴァーの名を持ちます。この名を使うことによって、シヴァと至高の母(シヴァー)が同一の本質・実体であるという事実が、夫と妻という別々の存在を通して強調されて繰り返されています。

無知な人は、シヴァは虎の毛皮を腰に巻き墓地をうろつく者で、至高の母は装飾具と絹をもとった無限の美の体現者だと思います。サーダナ(修練)が進むと、霊的な目覚めがもたらされます。そのような人は、シヴァと至高の母をアルダナレーシュワラ・ルーパ(半身はシヴァ、半身がデーヴィで一体となった姿)として視覚化することができます。段々と真に存在しているのは唯一の実在だけだという認識があきらかになってきます。

シヴァの名は彼女が感覚と心を統御し、一つに集中した状態(エーカグラタ)に達することを助けるということを明確にしています。
「ヴァシ」という語は「感覚(インドリヤ)の統御を助ける者」という意味です。「ヴァ」と「シ」を逆にすると「シヴァ」になります。そのためシヴァはシヴァは感覚を統御するのを助ける力だと言われます。彼の妻として、彼女はそれを可能にさせるエネルギーです。シヴァの静的エネルギーに対して、彼女は動的エネルギーです。

シヴァは卓越した資質を持ち、吉祥を体現し、永遠に至福(アーナンダ)の中にある者を意味します。シヴァはこの吉祥を帰依者に授ける者(シヴァム・カロ―ティ)です。
彼女はこれら全てを帰依者に授けるので、シヴァーです。「シヴァ」という言葉を繰り返すだけで吉祥(マンガラム)の祝福があります。
彼女は解放を授けます。それゆえにシヴァーです。
彼女はイッチャ・シャクティ(意思のエネルギー)の姿であり、至高の存在について知ろうという願いを愛します。

54. Svādhīna-vallabhā スヴァーディーナ・ヴァッラバー

意味1)彼女は自分の夫(ヴァッラバ)を彼女の統御下においています。
これは彼女が夫より優れているということを言っているわけではありません。そうではなく、結婚についての健全な関係と理解について反映しています。シヴァは宇宙の原因であり、彼女は彼を推進するフォース・エネルギーです。これが彼女がシヴァを統御すると説明されています。
彼女はシヴァを推進するエネルギーですが、彼女はシヴァ抜きには何も達成できません。
結婚における理想の関係は、数字の63であり、これはお互いに向き合っています。パートナー間の調節と理解が非常に大切な役割を果たします。現代人の結婚はしばしば36であり、いつもお互いに反目し、個人的な見解を持っています。

意味2)「スヴァ」の語は真我(アートマ)を表します。「スヴァーディーナ」は、「スヴァ+アディーナ」で、自己を克服し統御することを意味します。そのため彼女が自己統御をしようとする人を非常に好むということを意味しています。霊的志向者は彼女を容易に獲得することができます。

55. Sumeru-madhya-śṛingasthā スメール・マディヤ・シュリンガスター

この名はたくさんの意味を持っています。
意味1)彼女は荘厳な様子でシュリチャクラ(スメール)の頂上の中心(マディヤ)に住んでいます。シュリチャクラはその形によって、シュリヤントラ、チャクラ・ラージャ、スメル、ブープラスタなどと呼ばれます。

意味2)人間の身体において、背骨はスメール(シュリチャクラ)です。それを流れるナーディ(アストラル的神経)はスシュムナーです。聖なる母はサハスラーラ・チャクラ(頭頂に位置するチャクラ)、スメルの頂点部に住んでいます。そのために、スメール・マディヤ・シュリンガスターと呼ばれます。
座るとき、立っているとき、話しているとき、運動しているとき、それぞれの行為の間、背骨はしっかりとまっすぐに保つべきです。強い背骨は強い身体を意味します。プラーナーヤーマ(呼吸法)と運動が強さをもたらします。
私たちの身体は、シュリチャクラです。シュリチャクラには、頂点の中心地(マディヤ・シュルンガ)に加えて、多くの小さな頂点(コーナ)があります。人間の身体にも膝、足首、足などには小さな頂点(コーナ)があります。これら全てがシュリチャクラです。シャスラーラの上には、もはやコーナ(頂点)はありません。

意味3)メールは地上を支える山であり、彼女はそこに住んでいます。
私たちは地上が山を支えていると誤って推定していますが、実際は微細な界層では、この地上をこれらの山々が支えています。大地全体が少しずつ蓄積され、メール山を構成しています。北極と南極もこれに起源しています。このメール山による圧力が小さな噴火となり、この地上のその他の山々となりました。そのため山々はとても聖なるものです。聖なるエネルギーが豊富に流れています。全ての山々がメールなのです。

意味4)スメールは、「すべての存在それぞれのシュリチャクラ(メール)」についても言及しています。
『ソウンダリヤ・ラハリ』の第十一詩句「チャトルビヒ・シュリカンタイヒ」は、このスメールの本質を表しています。

56. Śrīman-nagara-nāyikā シュリーマン・ナガラ・ナーイカー
意味)彼女は「シュリナガラ」あるいは「シュリマンナガラ」と呼ばれる美しい町の主です。
この「ナガラ」はシュリチャクラについて言及しています。「シュリ」は、光明・エネルギー・光を表します。彼女は莫大なエネルギーの貯蔵庫です。シュリナガラはヨーガ的エネルギーが秘められている場所です。彼女はその支配者・所有者です。
電気局が個人の必要に応じて各家庭に電気を送るように、彼女は彼・彼女のカルマに応じて必要な量のエネルギーを解放します。それぞれの個人は彼女からさらにエネルギーを得ようと努力し試みるべきです。

57. Cintāmaṇi-gruhāntasthā チンターマニ・グルハーンタスター

意味)シュリナガラの町の中で、彼女は宝珠チンターマニでできた家(グルハ)に住んでいます。
チンターマニは不安(チンタ)を消し去り、望むもの全てを与える宝珠です。
また、チンターマニはマントラの一種であり、彼女はそのマントラの中に住んでいます。
ジャパマーラ(詠唱の際に使う数珠)はチンターマニと呼ばれ、彼女はその中に住んでいます。

58. Pañca-brahmāsana-sthitā パンチャ・ブラフマーサナ・スティター

意味)その家(チンターマニ・グルハ)の中で、彼女は座(玉座・アーサナ)に座っていて、その座は五人のブラフマー(パンチャ・ブラフマー)が支えています。
ブラフマー、ヴィシュヌ、ルッドラ、イーシュワラ、サダーシヴァが五人のブラフマーです。それらの中でサダーシヴァが彼女が座る真ん中の板であり、他の四人は玉座の椅子の脚です。
ルッドラ、イーシュワラ、サダーシヴァはすべて、シヴァ自身の諸様相ですが、それぞれ違った役割があり、別個の存在です。パンチャ・ブラフマー(五人のブラフマー)は霊的に重要であり、それは後で詳述されます。

59. Mahāpadmāṭavī-samsthā マハーパドマータヴィー・サムスター

意味)彼女は偉大な蓮が咲く森に住んでいます。
マハーパドマータヴィーは、サハスラーラ・チャクラ(千の花弁の蓮)についても言及していて、私たちの頭頂にあります。彼女はそこに住んでいます。
蓮(パドマ)の特徴は、泥、藻、土があっても、池や湖で育つことです。それは環境が不健全でも、霊的志向者は決心によって頂点に達することができることを教えています。「社会」という言葉は、良い要素も悪い要素が結合したものです。善悪の混合の中で、良いものだけを識別して選び、屈することなく霊性修練を続けるのは、その人次第です。継続的な努力によって、サハスラーラ・チャクラにある千の花弁の蓮が、いつの日か花開くでしょう。

60. Kadambavana-vāsinī カダムバヴァナ・ヴァーシニー

意味)彼女の家、すなわちチンターマニ・グルハはカダンバ樹の森にあり、彼女はその森に住んでいます。
カダンバの木はめったに見ることができません。この木の花は一年のうち、ほんのわずかな期間しか咲きません。カダンバの木は、根から水を吸わず、葉に落ちた純粋な雨水だけを吸収するという点で他に類を見ないものです。雨が降らない所では枯れてしまいます。カダンバの木は天界(デーヴァタ)の地上のつながりを反映しています。社会が正しい(ダルマ的な)とき、雨の神々が地上を豊富な雨で祝福します。この木を見ることは天界(デーヴァ・ローカ)を見るに等しいものです。この木にプラダクシナ(周囲を回る礼)をすることはとても聖なることです。
カダンバ・ヴァナ(森)は個人によってなされる霊的探求を精妙に表現しています。ディヤーナ(瞑想)と霊的探求は私たちを神々とつなげる助けとなります。これがカダンバ・ヴァナであり、彼女はそこに住んでいます。

続く

⇒ラリタ・サハスラナーマ目次
※シュリ・スワミジによる『ラリタ・サハスラナーマ』の詠唱アプリはこちらです。
APP Store
Google Play

PAGE TOP