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ラリタ・サハスラナーマの名の意味81~90

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81. Mahā-pāśupatāstrāgni-nirdagdhāsura-sainikā マハー・パーシュパターストラーグニ・ニルダグダースラ・サイニカー

意味)聖なる母は今やパーシュパター・アストラ(とても強力な武器パーシュパタ)を使い、バンダースラ全軍を破壊しました。
パーシュパタ・マントラはとても強力なマントラです。悪魔の全軍を焼き尽くすことが、内なる進化における全ての段階です。
カーメーシュワラーストラム、パーシュパターストラム、ナーラーヤナーストラムの語には多くの秘められた内的意味があります(アストラの意味については第79の名を参照)。

82. Kāmeśvarāstra-nirdagdha-sabhandāsura-śūnyakā カーメーシュヴァラーストラ・ニルダグダ・サバンダースラ・シュンヤカー

意味)カーメーシュワラ・アストラという武器を使い、彼女はバンダを彼の都市シューンヤカーもろとも破壊しました。
カーメーシュワラは至高のパラブラフマーです。カ―メ―シュワラ(アストラ)の武器を使っての破壊は、至高の知識(真我認識)を通して無知(アジニャーナ)、エゴ(アハンカーラ)を完全に破壊することを意味します。
シューンヤカーは、無益、非論理的、無意味な議論も意味します。ただ議論するだけで、目前の真実さえ受け入れるのを拒絶するのは、シューンヤ・ヴァーダム(無益な議論)に従事することだと言われます。そのような議論の例は、死後の生はない、この地球以外に別の世界は存在しないなどです。

83. Brahamopendra-mahendrādi-deva-samstuta-vaibhavā ブラフモーペンドラ・マヘーンドラーディ・デーヴァ・サムストゥタ・ヴァイバヴァー

意味)悪魔を完全に打倒したことに喜び、ブラフマー、ウペーンドラ、マヘーンドラと多くのデーヴァタ、神々は彼女を称賛してたくさんの賛歌(ストートラ)を歌いました。
個人の内の無知(アジニャーナ)の破壊がバンダの打倒の物語を通して説明されています。至高の母はまず私たちの周囲の無知の層を洗い流してから、私たちを彼女の近くに引き寄せます。
無知の破壊と共に、デーヴァタたちはずっと忘れられていたシャクティ(至高のエネルギー)の力を悟りました。

84. Hara-netrāgni-sandagdha-kāmasañjīvanauśadhīh ハラ・ネートラーグニ・サンダグダ・カーマ―サンジーヴァナウシャディヒ

意味)かつてシヴァの第三の目から生ずる炎(ハラ・ネートラーグニ)によって灰となっていたカーマ(マンマタ、愛の神)が、聖なる母によって今、生き返らされ、命を取り戻しました。
これは、このサハスラナーマのなかで最も強力な名の一つです。
序文のなかで、灰となったマンマタの物語が説明されました。このような物語の背後には多くの精妙で偉大な秘密が隠されています。

破壊される前、マンマタは主にエゴからなる無知を表していました。彼は心をかき乱し、問題を引き起こすだけでした(マン―マタ、マンはマナス[心]、マタはかき混ぜる)。この問題を引き起こす性向によって、シヴァは彼を討伐しなければなりませんでした。マンマタは神々が一生懸命に礼拝するシヴァを軽視し、その代わりに否定的な試みを彼に行いました。シヴァの怒りによって苦しむプロセスのなかで、彼は焼かれ灰となりました。
このことはシヴァが彼のエゴを焼き尽くしたのだと理解されるべきです。
デーヴィは、彼女のグルとしての地位において、マンマタを生き返らせました。彼女は彼に大いなる変容をもたらしました。彼の古いヴァーサナ(潜在的な精神の印象)は洗い流されました。彼女の恩寵によって、彼は物質的でなく波動(タランガ、思考)の形の別の身体を祝福されました。さらに彼女は彼に至高の知識を祝福しました。彼は今やアドヴァイタ(不二)を理解し、解放を得ました。

心の中の思考はマンマタが到着したことを意味します。彼は思考、欲望、意図(サンカルパ)の姿で存在します。それは肯定的でも否定的でもありえます。この名に隠された意味をもう少し深く探求してみましょう。
「ハラ・ネートラーグニ・サンダグダ」において、ハラとはシヴァです。彼は私たちの罪を彼の目の炎(ネートラーグニ)によって焼きます(ハラム)。
『グルギーター』の中にある節があります。「ハラウ(シヴァ)・ルシュテー・グル・ストラースター、グル・ルシュテー・ナ・カシュチャナ」
意味)主ハリが怒るとき、グルが彼の弟子をハリの怒りから救います。しかしグルが怒るとき、弟子を救う者は誰もいません。

ハリと誰で、グルとは誰でしょうか?個人的に一生懸命に礼拝する神(ウパーサナ・デーヴァタ)が、彼にとっての「ハリ/ハラ」です。したがって、デーヴィの礼拝者にとっては、デーヴィがハリであり、ガネーシャの礼拝者にとっては、ガネーシャがハリ/ハラです。
ウパーサナ・デーヴァタ(ハリ/ハラ)は、私たちの罪を洗い流す主を意味します。主に祈りを捧げる背後にある意図は「おお主よ、私たちの罪を取り去ってください」というものであるべきです。
グルは個人を正し、霊的な旅路の案内人となります。彼は私たちの乗り物のキャプテンであり、神に達する道を示します。グルとしての立場から、彼女は私たちを是正し、インドリヤ(感覚)を越えた状態、目には見えず、耳に聞こえないヨーギーの状態へと私たちを連れて行きます。
聖なる母は存在の三つの状態、粗大(ストゥーラ)、微細(スークシュマ)、至高(パラ)です。『ラリタ・サハスラナーマ』の最初の部分は彼女の粗大(ストゥーラ)な姿を詳述しています。彼女の微細(スークシュマ)な姿は、チダグニ(意識の炎)の姿です。次のいくつかの名において、種字語(ビージャークシャラ)として存在する彼女の至高(パラ)の姿が説明されています。

このパラを越えた姿で、彼女はさらに微細な姿、クンダリニー(霊的エネルギー)として存在しています。これは彼女のヨーガ的な姿(ヨーガ・スワルーパ)です。これは密かに全ての存在内に存在しています。それは霊的探求者(サーダカ)において、ただ経験されるものです。
至高の母の礼拝、シュリヴィディヤ・ウパーサナにおいて、もっとも卓越したマントラは、ショーダシ(十六音節)マントラです。このショーダシ(十六音節)マントラは純粋なグルのイニシエーションとして受けるものです。この十六音節マントラを弟子に授ける前に、十五音節(パンチャダシ)マントラが弟子に授けられます。十五音節マントラに、一つの種字語が加わると、十六音節(ショーダシ)マントラとなります。
十五音節(パンチャダシ)マントラはさらに三つのグループ(クータ)に分けられます。ヴァーグバヴァ・クータ、マディヤマ・クータ、そしてシャクティ・クータです。
このマントラの分配と視覚化が次のいつくかの名によって説明されます。彼女は「Aim Hreem Sreem(アイム・フリーム・シュリーム)」のマントラによって知ることができます。

85. Śrīmad-vāgbhava-kūṭaika-svarūpa-mukha-paṅkajā シュリーマド・ヴァーグバヴァ・クータイカ・スヴァルーパ・ムカ・パンカジャー

意味)ヴァーグバヴァ・クータの種字語(ビージャクシャラ)は、彼女の顔を創造します。
この十五音節マントラの最初の五つの種字語は、ヴァーグバヴァ・クータとして知られています。それらは彼女の顔を構成しています。
この五つの種字語が、額(ララータ)、頬、鼻、唇、首の五つの場所に置かれています。次にそれらの周囲にヤントラの形の線が引かれます。これらの線と種字語が組み合わさると彼女の顔が生まれます。装飾が施され、彼女の完全な美しい姿が現れます。

デーヴィの姿を見るときに、マントラを見ることが出来る者は、急速な達成(マントラ・シッディ)が祝福されると言われています。
第十三の名(チャンパカショーカ・プンナーガ・サウガンディカ・ラサト・カチャー)から第三十の名(カーメーシャ・バッダ・マーンガルヤ・スートラショービタ・カンダラー)が、ヴァーグバヴァ・クータに対応します。それらはサハスラーラとアジュナ・チャクラにも対応しています。

86. Kanṭhādhaḥ-kaṭi-paryanta-madhyakūṭa-svarūpiṇī カンターダハ・カティ・パルヤンタ・マディヤクータ・スヴァルーピニー

意味)彼女の首(カンタ)から腰(カティ)の部分は十五音節(パンチャダシ)マントラの中部に対応します。
シュリヴィディヤ・ウパーサナの六つの最も重要な種字語(ビージャークシャラ)は中央部(マディヤ・クータ)にあります。彼女の心臓がこの部分にあります。それは家の中央部にあり、家全体を照らす明かりに比喩することができます。
第三十一の名(カナカーンガダ・ケーユーラ・カマニヤ・ブジャンヴィター)から、第三十八の名(ラタ・キンキニカー・ラムヤ・ラシャナー・ダーマ・ブーシター)までが十五音節マントラの中央部(マディヤ・クータ)に対応します。

87. Śakti-kūṭaika-tāpanna-kaṭyadhobhāga-dhāriṇī シャクティ・クータイカ・ターパンナ・カトゥヤドーバーガ・ダーリニー

意味)彼女の腰から足までがシャクティ―・クータ、つまり十五音節マントラの三番目の部分です。
四つの種字語からなるシャクティ・クータがマントラの最後の部分です。彼女の粗大な姿が、第三十九の名(カーメーシャ・ジニャータ・サウバーギャ・マールダヴォール・ドヴァヤーンヴィタ)から第四十七の名(マラーリ・マンダ・ガマナー)で詳述され、マントラの第三の部分に対応しています。

88. Mūla-mantrātmikā ムーラ・マントラートミカー

意味)十六音節(ショーダシ)マントラの十六番目の種字語は、このマントラの根源/基礎(ムーラ)です。それはデーヴィにとって、彼女のアートマ(魂)です。
十五音節(パンチャダシ)マントラに一つの種字語が加わると、十六音節(ショーダシ)マントラ、もっとも至高のデーヴィのマントラになります。十五の種字語が彼女の身体である一方で、十六番目は彼女のアートマ(内なる存在)です。このことによって、十六番目の種字語の重要性が測られます。
どの帰依者にとっても「ムーラ・マントラ」は、グルからイニシエーションを受け取ったマントラです。至高の母は、グル・マントラを彼らのアートマ(内的存在・魂)としてみる者に彼女の慈悲を存分に見せます。

マントラとは何でしょうか?マントラはそれを絶え間なく詠唱(マナナ)する者を守るものです。マントラは以前の罪からその人を清め、平安と心の純粋さを授けます。さらに重要なことに、絶え間ないマントラ・ジャパは、自我の感覚(アハンカーラ)を段々と拭いさり、最終的に真我のヴィション(アートマ・ダルシャナ)で人を祝福します。
例えば、聖水(ティールタ)を振りかけるとき、私たちはマントラを詠唱します。
アカラ・ムルティユ・ハラナム・サルヴァ・ヴヤディ・ニヴァーラナム
サマスタ・パーパ・クシュヤカラム・ナラヤナ(ダッタ)・パードーダカム・シュバム
このマントラを信と崇敬の念を込めて詠唱することは、本当に聖水を飲む人を罪から清めます。

ヴェーダは「アポー・ヴァイ・サルヴァ・デーヴァターハ」と宣言しています。全ての神は水(アパ)に住むと言っています。水は神の姿です。川で沐浴することにさえ、順序が説明されています。川は正当に敬うべきものであり、祈りを捧げた後にだけ、川を汚すことなく沐浴するべきです。風呂場で桶の水で沐浴するときにさえ、私たちは完全な信と共に、水の中に全ての神々を勧請し、次のマントラを唱えるべきです。
ガンゲー・チャ・ヤムネー・チャイヴァ・ゴーダーヴァリ・サラスワティ
ナルマデー・シンドゥ・カーヴェーリ・ジャレースミン・サンニディム・クル
意味)この水の中に、私は全ての聖なる川の水の臨在を呼びかけます。私はそれらの水の全ての薬草と治癒的性質と肯定的エネルギーがこの桶の水に来ることを祈ります。
このマントラに含まれる力は偉大なものであり、それは水を純化します。

89. Mūla-kuṭa-traya-kalebarā ムーラ・クータ・トラヤ・カレーバラー

(詠唱の際は、この「mula」は「moola」と伸ばすべきではない)

1)十五音節(パンチャダシ)マントラの三つのクータは彼女の身体を構成しています。これは前の意味を繰り返しています。
彼女の至高(パラ)の姿において、聖なる母はマントラの姿で存在しています。それらが彼女の身体(カレーバラ)を構成しています。
2)「バーラ・デーヴィ」のマントラは三つの種字語(ビージャークシャラ)だけで構成され、それが「ムーラ・クータトラヤ」です。
三音節マントラの最初の種字語はヴァーグバヴァ・クータに対応しています。二番目はマディヤ・クータ、最後の種字語はシャクティ・クータに対応しています。実際、至高の母の十五音節(パンチャダシ)マントラと、三音節のバーラ・マントラは同じものを表しています。

大宇宙(普遍的クンダリニー、バヒールダシャラム)レベルでの至高の母の外的礼拝/視覚化について教えた後で、『ラリタ・サハスラナーマ』は次に内的礼拝(アンタルヤーギャム)と内的視覚化について教えます。この内的礼拝はシュリチャクラのアンタルダシャラム(シュリチャクラの内部の十の円)と等しいものです。
空間は大きく広大です。しかしそれぞれの器は内部に空間を持っています。器の観点からは、空間はそれに属しています。同様に、この宇宙(創造)において、計り知れないクンダリニー・シャクティが存在します。しかし、それぞれの個人は、彼/彼女の内部に、彼/彼女のものであるクンダリニー・シャクティのいくらかの部分を持っています。『ラリタ・サハスラナーマ』は次にこの個人的なクンダリニーについて言及していきます。それは、それぞれの個人(小宇宙)に眠っているクンダリニー・エネルギーについて呼びかけるプロセスを説明し、内なるシュリ・チャクラの視覚化の方法を説明しています。

90. Kulāmṛtaika-rasikā クラームルタリカ・ラシカー

意味)至高の母はクラにある甘露(アムリタ)を味わいます。「クラ」の語はムーラ―ダラとサハスラーラ・チャクラの両方を象徴しています(ムーラーダーラは脊柱基底部にある最初の霊的エネルギーセンターであり、サハスラーラは頭頂部にある最後のエネルギーセンター)。
したがって、クラはクンダリニー(霊的)エネルギーのムーラーダーラからサハスラーラへの動きを意味します。ムーラーダーラに秘められた甘露(アムリタ)は、スシュムナー・ナーディ(微細なアストラル神経)を通って、サハスラーラまで達するべきです。
「サハスラーラで甘露(アムリタ)を味わう」とは、彼女が志向者/ヨーギーがそこで至福を楽しむの見て、彼女が非常に喜ぶという意味です。
プラーナ―ヤーマは霊的なクンダリニーエネルギーを上昇させる手段です。したがって、誰もが毎日最低三つのプラーナ―ヤーマを義務として行うべきです。12あるいは36のプラーナ―ヤーマを行うのが理想的です。

続く

⇒ラリタ・サハスラナーマ目次
※シュリ・スワミジによる『ラリタ・サハスラナーマ』の詠唱アプリはこちらです。
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