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ラリタ・サハスラナーマの名の意味112~120

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112. Bhavānī バヴァーニー

意味)バヴァ(シヴァ)の妻・エネルギーとして、彼女はバヴァーニーの名を持ちます。
バヴァーニーは至高の母のとても特別な名の一つです。バヴァーニーとしての彼女を考えるだけで多くの功徳があります。クシェールバヴァーニーデーヴィ寺院はカシミールで有名です。
バヴァーニーはサンサーラの海(生死のサイクル)を越えるのを助けるエネルギーです。これを得るために人は「バヴァーニー・ディークシャ」を行います。言い換えるとバヴァーニはー「ルドラ」として知られているエネルギーに他なりません。
これを強調するためにヴェーダは述べています。
Om bhavasya devasya patnyai namah / Om śarvasya devasya patnyai namah
オーム バヴァースヤ デーヴァスヤ パトニャイ ナマハ/オーム シャルヴァスヤ デーヴァスヤ パトニャイ ナマハ

意味)バヴァのエネルギー(妻)、あるいはシャルヴァはバヴァーニーです。
シャンカラチャリヤは『ソウンダリヤ・ラハリ』においてバヴァーニーの恩恵について次の詩句で称賛しています。

bhavāni tvam dāse mayi vitara drshtim sakarunām.
バヴァーニー トヴァン デーセー マイ ヴィタラ ドゥルシュティン サカルナーン

意味)おお聖なる母バヴァーニー!私はあなたの召使いです。あなたの慈悲深い目を私に向けてください。あなたは誰かがバヴァーニーの語を完全に言う前にも、アイキャ(絶対と完全に一つになった状態)で彼を祝福します。

113. Bhāvanāgamyā バーヴァナーガンミャー

意味)彼女は正しいバーヴァナを通してだけ容易に到達できます。
(バーヴァナは強く深い感覚、知覚、想像が組み合わさったものです。この感覚は感情的な性質を持っています。健全はバーヴァナは至高のものとの繋がる道を敷設します)
理解することができず、彼方にいて辿り着けない彼女は、愛、気づかい、崇敬の念という適切な深く強い感覚(バーヴァナ)によって辿り着くことができます。
そのような感覚を持たずただ論理だけを使う心は、人を目的地に連れていきません。崇敬の念の感覚がなければ、神がやってきて目の前に立っても、その心は信じることを拒みます。
彼女の身体的な現れ(ルーパ・バーヴァナ)、至高のエネルギーの姿としての彼女(シャクティ・バーヴァナ)、ブラフマーの形相としての彼女、私たちの内にあるヨーガ的な力やその他の心を魅了する方法によって、このような愛と崇敬の念の感覚は培われます。これらの道の全てが彼女へと導きます。もっとも重要な前提条件は、アハンカーラ(エゴ)を放棄することです。エゴとバーヴァナは共存できないからです。

バーヴァナは形のない主の形相を(心の中に)もたらします。他ならぬ底知れないエネルギーを視覚化する力をもたらします。それは非顕現(アヴヤクタ)を顕現(ヴヤクタ)させます。
果物、花、水や全ての捧げものは本来は神に属するものです。私たちは彼に属するものを彼に捧げ、彼に返します。私たちは単に愛と崇敬の念の感覚(バーヴァナ)をそれに加えるだけです。ナイヴェーディヤ(プージャにおける食べ物の奉納)において、神は私たちの愛と崇敬の念の感覚(バーヴァナ)だけを受け取り、食べ物はプラサードとして私たちに残します。外的な礼拝、装飾、手配はそれら自体が目的なのではなく、バーヴァナを強めるだけのものです。
バーヴァナはカルパナとは異なります。カルパナは、芸術、デザイン、科学などに有用な想像的構成物です。しかし、それはバーヴァナの内にある深い感情的な感覚を欠いています。

114. Bhavāraṇya-kuṭhārikā バヴァーランニャ・クターリカー

意味)彼女はバヴァと呼ばれる森(繰り返される生と死のサイクルで存在を閉じ込める束縛、サンサーラ)を遠ざけます。
彼女はこうした深い森のような束縛を遠ざけ、私たちの霊的成長の道を作ります。

115. Bhadra-priyā バドラ・プリヤー

意味)吉祥のものを愛する彼女はバドラ・プリヤーです。
吉祥(ソウバーギャ、カルヤナ、バドラ)は、良い資質や良い習慣を身に着けることを意味します。彼女は帰依者がそのような資質を培うと喜びます。

116. Bhadra-mūrtih バドラ・ムールティヒ

意味)彼女は吉祥(バドラ)が人格化した存在です。

Aśubhāni nira chaste tanoti śubha santatiṃ
Smṛti mātreṇa yat punsaṃ brahma tan mangalaṃ vibuh.
アシュバーニ ニラ チャステー タノーティ シュバ サンタティン
スムルティ マートレーナ ヤト プンサン ブラフマ タン マンガラン ヴィブフ

意味)彼女は不吉を遠ざけ、吉祥(シュバ)で存分に祝福します。彼女は存在が彼女をことを少し考えただけでも喜びます。

117. Bhakta-saubhāgya-dāyinī バクタ・サウバーギャ・ダーイニー

意味)彼女は吉祥(ソウバーギャ、カルヤナ)を帰依者に降り注ぎます。

Aiśwaryasya samagrasya viryasya yashaha sriyah
jnāna-vairagyayos caiva śannam bhaga itingana
アイシュワルヤスヤ サマグラスヤ ヴィルヤスヤ ヤシャハ スリヤハ
ジニャーナ・ヴァイラーギャヨース チャイヴァ シャンナン バガ イティンガナ

意味)富、美、名声、力、知識、無執着の六つの属性はバガ(ソウバーギャ)として知られています。これらを降り注ぐ女神はバガヴァティとして知られています。このバガヴァティとしての至高の母は帰依者に吉祥を降り注ぎます。

118. Bhakti-priyā バクティ・プリヤー (バクタ プリヤー)

意味)信愛(バクティ)の性質は彼女にとって非常に愛らしいものです。
バクティは崇敬の念と神聖への強い愛を意味します。また聖なるものへの礼拝に帰依者が積極的に関与することも含んでいます。
バクティは「分かち合う」「に属する」を意味する「バジュ」の語根から来ています。バクティは信愛の道においてあらゆる違いを捨て、それらを一つにすることを意味します。言い換えるとそれは、人々の中にヴィバクティ(違い/なんらかの形の分割)を持つべきではないと強調しています。

119. Bhakti-gamyā バクティ・ガンミャー

意味)彼女は本当の信愛を通してのみ到達できます。
九つの信愛(バクティ)の道があります。

śravanaṃ kirtanaṃ viśnoḥ smaranaṃ pāda-sevanaṃ
arcanaṃ vandanaṃ dāsyaṃ sakhyaṃ ātma-nivedanaṃ
シュヴァラナン キールタナン ヴィシュノーホ スマラナン パーダ・セーヴァナン
アルチャナン ヴァンダナン ダースヤン サキャン アートマ・ニヴェーダナン

意味)主に達する道は、
⑴シュラヴァナ:主について聴くこと
⑵キールタナ:彼について歌うこと
⑶スマラナ:彼について考えること
⑷パーダ・セーヴァー:彼の御足に奉仕を捧げること
⑸アルチャナ:彼に礼拝を捧げること
⑹ヴァンダナ:彼にお辞儀をすること
⑺ダースヤ:彼の召使いとなること
⑻サキャ:彼と友情を培うこと
⑼アートマ・ニヴェーダナ:全託すること

これらの道を守るうえで第一の前提条件は、心がエゴ(アハンカーラ)を持たないことです。バクティは、心がその他の思い、望み、意図(サンカルパ)を持たずに主の御足に定められるべきであることを意味しています。

アーディ・シャンカラ・バガヴァットパーダーチャーリヤは、彼の詩句『シヴァーナンダ・ラヒリ』の中で主と真の帰依者の関係の五つの例をあげています。

Ānkolaṃ nija beeja-santatiḥ ayaskāntopalam sūchika
Sādhvee naija vibhum latā kśitiruham sindhuh sarid vallabham
Prāpnoteeha yathā tathā paśupateḥ pādāravindādvyam,
Chetovrittir-upetya tiśthati sadā sā bhaktirityuchyate.
アーンコラン ニジャ ビージャ・サンタティヒ アヤスカーントーパラン スーチカ
ダードゥヴィー ナイジャ ヴブン ラター クシティルハン シンドゥフ サリド ヴァッラァバン
プラーノティーハ ヤター タター パシュパテーヘ パーダーラヴィンダードゥヴヤン、
チェートーヴリッティル・ウペーティヤ ティシュタティ サダー サー バクティリトゥユッチャテー

意味)バクティは、アンコーラムの種とその木との関係のように、帰依者の全ての思いが自然と主の蓮の御足へと向かい、固く結びつく心の状態のことです。種と木、針と磁石、パティヴラタとその夫、つると木、川と海の関係のような状態です。
これらの五つの例がどのようにバクティを説明するのか理解しましょう。
(a)アンコーラムは森の樹木です。この木の果実が地面に落ちるとき、その種は果実から離れ、自ずと木の幹を這い上がり、分かちがたく結びつきます。
(b)磁石(アヤスカーンタ)の近くに置かれた針は、すぐに磁石へと近づきくっつきます。真の帰依者の心はそのように至高の存在へ向かっていくべきです。
(c)パティヴラタ(敬虔な女性、夫に厳格に付き従うサードヴィー)は逸脱することなく、永遠に彼女の心を彼女にとっての神である夫に合わせています。
(d)つる(ラター)は木(クシティルハ)に巻き付くように、真の帰依者の心は主に巻き付く方法を常に求めます。
(e)川は常に休みなくその主である大洋に達するべく急いで流れています。

120. Bhakti-vaśyā  バクティ・ヴァシュヤー

意味)彼女はバクティ(信愛)のヴァシャ(支配、統率)の下にいます。
彼女は完全なバクティ(信愛)を持つ帰依者に完全に自身を与えます。彼女はその望みと志向の全てを成就させます。

続く

⇒ラリタ・サハスラナーマ目次
※シュリ・スワミジによる『ラリタ・サハスラナーマ』の詠唱アプリはこちらです。
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