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シュリ―マド・バーガヴァタム 第4話

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ナーラダ聖仙は献身を広め、それを世界中に確立しました。天人の預言は真実であったことが判明しました。バクティの息子たちのジュニャーナとヴァイラーギャは元気になり再び若さを取り戻しました。バクティ、ジュニャーナ、ヴァイラーギャは何不自由なく幸せに暮らし続けました。これがパードマプラーナ神話のシュリーマド・バーガヴァタ・マーハティヤムの章です。
バクティ、ジュニャーナ、ヴァイラーギャに欠ける社会は考えるだけで身震いがします。世界全体の幸せと至福という目的とともに、シュリーマド・バーガヴァタムの全体へと耳を傾けましょう。至高の主の恩寵を受けましょう。
シュリーマド・バーガヴァタムの理解を始める前に、ディヤーナ(瞑想)・シュローカ(詩句)を唱えます。

Vyāsāya Viśnu rūpāya vyāsa rūpāya viśṇavē
Namovai Braḥma-nidhaye vāśisṭāya namōnamaḥ ǀǀ
Yogindrāya namas tasmai śukāya Braḥma-rūpiṇe
Samsāra darpa dasṭam yo viśṇurāta mamūmucat ǀǀ
Kāla-vyāla mukhā-grāsa-trasa-nirnāśā hētave
Srimad Bhāgawatam śāśtraṃ kalou keereṇa bhāśitaṃ ǀǀ
Sacchidānanda rūpāya viśwotpatyādi hetave
Tāpatraya vināśāya śri kriśnāya vayaṃ nu maḥ ǀǀ
Janmady asyā yato ‘nvayad itaratas carthesv abhijnah svarāt
tene brahma hrda ya ādi-kavaye muhyanti yat surayah
tejo-vāri-mrdam yatha vinimayo yatra trisargo’mrśa
dhāmna svena sadā nirasta-kuhakam satyam param dhimahi ǀǀ

創造における万物は、実在(サット、真実)の状態にあります。しかしある一つのものだけは他のものの中にありません。この世界が誕生したのは、その本質が実在(サット)の形態であるパラブラフマーからだと私たちは理解します。全世界が彼のなかにあり、再び彼のなかに溶解します。
全知であり何も期待せずに自らを照らしているパラーマトマは、彼自身の意思によってヴェーダの知識を4つの顔をもつブラフマーに教えました。どんな偉大なる魂もこの至高の主に対してはその存在がかすみます。火、水、地が実在そのもの(サット)の形態である彼から生じたように、結果体(カールヤルーパ)である外的な(目に見える)世界もまた生まれましたが、実際にはそれは存在していないのです。マーヤ(錯覚、無知)とその欠点は、意識の形態である至高の主に触れることはできません。言い換えるなら彼はそれらの欠点を破壊します。そのような真実の形態であるパラブラフマーを私は熟考します。

dharmaḥ projjhita-kaitavo ‘tra paramo nirmatsarāṇāṁ satāṁ
vedyaṁ vāstavam atra vastu śivadaṁ tāpa-trayonmūlanam
śrīmad-bhāgavate mahā-muni-kṛte kiṁ vā parair īśvaraḥ
sadyo hṛdy avarudhyate ‘tra kṛtibhiḥ śuśrūṣubhis tat-kṣaṇāt

卓越した聖賢ヴェーダ・ヴィヤーサが詩作したシュリーマド・バーガヴァタムでは、カルマ・パラ・ティヤーガ(行為の結果の放棄)と呼ばれる深遠なダルマ(正義の法)が教えられています。それは偉大なる聖者たちによって教えられたもので、まったく嫉妬の感覚がない永遠なる真実であり、幸福の原因にして、すべての苦悩を消しさるものです。そのようなパラブラフマーの知識がこのテキストでは教えられているのです。他の聖典を読むならば、主イシュワラは永遠にハートに座すものとされていますか?いいえ、しかし深い関心、崇敬の念、望みを持ちバーガヴァタムを聞く帰依者のハートの中には、即座にパラマートマが座します。

Nigama-kalpa-taror galitaṁ phalaṁ śuka-mukhād amṛta-drava-saṁmitam
Pibata bhāgavataṁ rasam ālayaṁ muhur aho rasikā bhuvi bhāvukāḥ

最高の至福という真髄で満たされたバーガヴァタムと呼ばれる果実は、ヴェーダと呼ばれる願望成就の木から生まれ、聖賢シュカのオウムのクチバシによって地上に落とされました。なんと驚愕すべきことでしょう。この真髄を理解し、深い崇敬の念の感覚とともに深い関心を持つ人は、真髄に満たされたこの果実を、解放と呼ばれる真髄を得るまで嚙み続けるのです。
これまでに私たちは、吉祥の栄光をもたらす詩句を通してバーガヴァタムの重要性を理解してきました。また、このバーガヴァタムがオウムのクチバシをもった聖賢シュカによって表されたことを論じてきました。オウムが食べる果実はいつも甘いものであることは良く知られた事実です。ここで聖賢シュカはバーガヴァタムと呼ばれる果実の真髄を経験しています。これを持つ人の五感は満足を得て、本質的な至福を経験します。バーガヴァタムが詠唱されるか読まれる家々や周囲の環境はいつも平和に満たされたものになります。そこには女神ラクシュミーの輝きが迸っています。
スリ クリシュナ―ヤ パラマートマネ ナマハ

この第1編には、19の副章(アディヤーヤ)があります。最初のアディヤーヤは、シャウナカと他の聖賢たちがナミシャーランヤの森の中で座って、聖賢シュカからシュリーマド・バーガヴァタムを教わることを求めています。ナミシャーランヤの森は常に永遠の意識の形態でいるシュリ・マハーヴィシュヌと他のデーヴァタ(神々)たちが存在する聖なるクシェートラ(場所)です。この場所でシャウナカと他の聖賢たちは、天でその栄光が歌われ、主を瞑想する力を持つ地上の高貴な人々によって探し求められるシュリ・マハーヴィシュヌについて知りたがっています。このような意図をもって彼らは1000年のあいだ続くサトラ・ヤギャ(儀式)を実行し始めました。
続く
srimad2

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