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トリプラ・ラハスヤ(三位一体の母なる女神の秘密)3日目

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オーム…オーム…オーム…

トリプラ・ラハスヤは私たちにアートマ・タットヴァ(真我の真理)を教える栄光のアートマ・ヴィラサ(真我の至福)です。それは「私は誰か?」という問いへの答えを提供しています。それは、これがアートマ・ヴィラサ、これがトリプラ・ラハスヤだと伝えています。ここでは、ラハスヤは秘密という意味ではありません。誰もが簡単に理解することは出来ないので、ラハスヤと名付けられています。私たちは太陽や太陽系について完全に知ってはいません。科学が言っていることだけを知っています。誰もその界に行くことは出来ませんし、その温度に耐えること出来ません。同様に誰も海の深さを知ることはできないのです。ですから、それはラハスヤあるいは秘密と呼ばれます。知ることが出来ないもの、知るのが難しいものはラハスヤと名付けられます。太陽の一筋の光も入らない密林もまた、ラハスヤと呼ばれます。それは秘密についてではありません。私たちが理解できないのでラハスヤと言います。アートマ・タットヴァの場合についても同じです。三位一体の女神自身はダッタートレーヤを通じ聖賢サムヴァルタにこのアートマ・タットヴァを教えました。彼はこのため最初の弟子でした。彼は偉大な苦行者で偉大なる人です。そのような人のためにダッタートレーヤはアートマ・タットヴァを教えたのです。

パラシュラーマは女神とダッタートレーヤ両方との素晴らしい関係を持っています。パラシュラーマはヴィシュヌ神のもう一つの化身でしたが、この地上に降臨したため、わずかに地に触れ、彼はカルマの輪に落ちました。ラーマとクリシュナもまた同様のケースでした。パラシュラーマでさえ地上のカルマから逃れることは出来ません。彼もまた悲しみに陥りました。

ヴィシュヌ神自身であるクリシュナは侮辱に直面しながらカウラヴァ族とパーンダヴァ族の間で生きなければなりませんでした。彼はプルショッタマ(高貴な者の中の最も高貴な人)で世界の保護者でした。そのような神でさえ泥棒の責任を問われました。すべての世界の救世主で統治者である彼自身は、ブースパルシャー地球に生まれたことからの影響のために、地上でこのカルマに直面しなければなりませんでした。ラーマアヴァターラにおいてもまた地上に化身した時、それ(地)に触れたため、多くの困難に直面しなければなりませんでした。そのようなものがブースパルシャの力です。マツヤ、クールマアヴァターラのようなヴィシュヌのすべての化身においても起こりました。14のすべての世界(地上7つの世界と地下7つの世界)、ブーローカ(地上の階層)間で、地球はカルマブーミー・・・・カルマ(行為)の場所です。地球に転生したすべての者はこのカルマに捕らえられ、無知、悲しみ、サムサーラ(輪廻転生)そしてカルマから逃れることはできませんでした。パラシュラーマはこの一例です。ダッタートレーヤのみが例外でした。なぜなら、ブラフマ、ヴィシュヌ、マヘーシュワラの直接の形態を取らず、それぞれの形態の一部を取り、一つの形で化身しました。ですから、ダッタはデーヴァ・グルと呼ばれています。悪魔と神、両方のグルです。デヴァデヴァグル、アディグル(最初の教師)、アナーディ・グル、パラマ・グル、パラメスティ・グル、パラトパラ・グル、そしてパランパラ・グルです。カルマや罪、恥辱に影響されないで顕現したのは、この地上でダッタートレーヤのみです。

パラシュラーマはすべての苦労に直面した後、ディヴィヤ・グニャーナとアートマ・グニャーナ(真我の知識)を持つ必要を感じました。スリ・ラーマの手によって敗北に直面したパラシュラーマは、苦しみを感じ「私は誰か?」と熟考し始めました。すべての世界を征服したにもかかわらず、彼はサムサーラの苦悩から逃れることはできませんでした。パラマートマ(普遍的な自己)の形の一つであるにもかかわらず、パラシュラーマがこのことを感じとったとき、ダッタートレーヤはサムヴァルタ・アヴァドゥータを通じ間接的に彼を指導し、そして直接彼に教えを説きました。これは昨日話した話です。パラシュラーマはサヤドリ山に行き、ダッタートレーヤに三位一体の女神を礼拝する知識を求めます。

ここでの主なレッスンは地上に生まれたら、誰もカルマから逃げることは出来ないということです。このことはすべての神の化身において起こりました。ラーマ、クリシュナという化身の間、多くの困難に直面しました。クールマとマトゥシャという化身のときでさえもそうでした。ヴァマナとナラシンハという化身のときもまた例外ではありませんでした。動物と人間が一緒になった奇妙な体を持たなければならず、そしてプラフラーダを守るために柱から化身しました。これは誰もが例外なくカルマに直面することを示しています。これは化身の場合ですが、このカルマ・ブーミー(行為の場)に生まれた私たちはどうなるのでしょうか?私たちもまた、無知、無明、忘却、欲望、怒り、妄想、貪欲などで覆われています。私たちはウパーサナ(礼拝)、ダルマ(義務)などにおいて素晴らしいと思っているかもしれません。しかし人間はこれらにおいて非常にわずかです。ダッタートレーヤは創造、維持、破壊の三つすべての面の形態を取ったので、彼はカルマに直接影響されなくてすんだのです。このことはサムヴァルタを通じて与えられました。

あなたのスワミジもまたブー・スパルシャ(地との接触)を持っていませんでした。スワミジは生まれてすぐに水の中に落ちました。かなり後にスワミジはブー・スパルシャを持ち、そして、これらすべてのカルマが彼を取り囲みました。水に浮かんでいたその時までは、スワミジはまだカルマの影響を受けませんでした。部族の人たちが私をそのままにしておいたらどんなによかったことか。この化身において何が起こったのか分かりませんでした。赤ん坊のスワミジはガンダルヴァ(天の楽人たち)の形で水の中をさまよっていました。部族が私を拾い上げ、床に置いた瞬間、私は母と地球の知識を得ました。このカルマ・ブ―ミに触れたことで、スワミジは人間のような振る舞いをし始めました。そのために、私はあなた方の中にいるのです。そうですよね?ですから、これは起こりました。よって、地上にいるすべての人間はカルマに直面しなければなりません。パラシュラーマは、スリ・ラーマに敗北した後、自我を持つことそれ自体が悲しみへとつながるサムサーラ(輪廻転生)であることを悟りました。その時まで彼が得たすべての勝利は儚いものと悟り、サッドグル(真のグル)を探しに行きサムヴァルタを見つけ、サムヴァルタを通してダッタートレーヤに出会いました。パラシュラーマがダッタートレーヤに近づいたとき、すぐに教えは与えられませんでした。それは、サムヴァルタを通し与えられました。

私たちがポジティブなことを思うと、結果はまたポジティブになるでしょう。批判でさえもまた建設的は方法で話されるべきです。2,3人の人が一緒に座り、誰かのことを批判します。これはネガティブな結果に終わるネガティブな思考につながります。このためにネガティブな経験もするでしょう。いつもポジティブな批判を心がけてください。他の人についてポジティブに話してください。ネガティブな会話を楽しまないでください。あなたがポジティブに話すと、ポジティブな思考を持つでしょう。このことは私達とあなた方が話している人、両方において良い傾向を高めます。これらすべてはポジティブな結果につながります。二人の人が座って他人の悪口を言います。そうすることによって人は、その否定的結果を得てしまうでしょう。人についてポジティブに話してください。決して他人を批判しないでください。

カーリーは蓮の目です。彼女は私たちにある邪悪さ、嫉妬、欲望、渇望、噓などの邪悪なものを破壊します。私たちは人生のすべての歩みにおいてこれらで苦しんでいます。カーリーのバジャンを歌うだけで、カーリーの舌と呼ばれる船で、これらの苦しみを渡る私たちを助けてくれます。カーリーは私達のこれらすべての邪悪なものを舌で舐めて、洗い流してくれます。カーリーはカリユガの時代の罪を取り除いてくれます。彼女はトリムルティ(三位一体)の形です。トリムルティ(三位一体)が共にいる所では、カルマはないということを私たちは既に話しました。トリムルティは私たちの罪を取り除きます。カーリー・マーター(母)は鳥のさえずりで幸せを感じます。彼女は鳥がさえずる所であればどこででも生きます。彼女は鳥かごの中で生きています。彼女は「クリーム」のビージャークシャラ(種子音)の形で存在しています。彼女は馬に乗り純粋です。ヴァーラーヒーの形態で地球を守り、地球を守ることは彼女にとって遊びです。彼女はすべての人に努力に値する結果を授けます。彼女は多くの宇宙を創造した一人です。

カーリーはケーシャヴァの姉妹です。宇宙のすべては彼女の創造において自ら誕生しました。彼女はカイタバを殺し、いまだ神経質です。彼女の体は柔らかく、クマラ・シャクティの形態です。クマラ・シャクティはすべての罪を取り除き、知識を与えます。富と幸福を与えます。彼女はブラフマ自身に恩恵を与えました。グルだけが彼女の栄光を描写することができ、他の誰も説明することは出来ません。彼女を知るためには、彼女の真理を学ぶため、私たちはサッチダーナンダ・サッドグルに保護を求めます。知識を知ることによって、知識を得なければなりません。そして、これが真のグルの特性です。欲望と共にグルのもとに来るすべての人々のために、グルはグルとして留まりますが、彼らのためではありません。グルを一瞥することで知識と救済を考える人々のために、グルはグルでいるでしょう。あなたが単に物質的な喜びのためにグルに近づくのだとしたら、偉大なグルだとしても、あなただけのグルでいることは出来ないのです。グルとは、あなたの問題に解決法を与える唯一の存在ですが、あなたは彼から知識を得るのに適していません。あなたはグルを見るたびに、あなたの中から幸せが芽生え、その静けさにとどまり、ヴァイラーギャ(離欲)を感じます。この感覚を与えるような人だけが、あなたのグルです。あなたは時々グルの周りをさまようかもしれませんが、いつか、または別の機会に、真のグルにこの感覚を得るでしょう。カーリーの栄光を歌う誰もが確かな知識を得るでしょう。

パラシュラーマはダッタートレーヤに良い質問をしました。おぉ、グルデーヴァ!あなたの指導によって三位一体の女神を礼拝しました。女神は私のハートの中でいつも光輝いています。おぉ、パラマートマよ!疑問があります。サムヴァルタはこの世界の活動を笑いました。また幸福の美酒も楽しみました。サムヴァルタどうやってこの状態に達したのでしょうか?彼はいつも幸せですが、私を石で叩きました。それはどのように可能だったのでしょうか?ダッタートレーヤは答えました。ラーマよ!三位一体の母の恩寵によりあなたは良い疑問を持ちました。

通常、誰かが理由もなく笑った場合、私たちはその人を正気でないと決めつけます。しかし、その人は幸せの意識の状態なのです。多くの家庭において、ある子どもたちはそのような性質を持って生まれてきます。赤ちゃんは自分の内で笑っています。部屋の片隅で寝ます。そのような子供たちを世話し、食べ物を与え、お風呂に入れるなどする母親にとってはとても苦痛です。時々、子どもを殺したくなりますが出来ません。子どもたちは、幾つかの前世での(神への)崇拝の結果、そのような意識の状態で生まれてきます。それは幸福の状態です。そのような話はダッタの神話、ダッタ・ダルシャン、グル・サンヒタに多く見られます。

ダッタートレーヤは続けました・・・・ラーマ、三位一体の母の恩寵によって、あなたはこの疑問を得ました。あなたが良い質問を得て、アヴァドゥータ(世捨て人、狂った人)について尋ねてから、この質問はあなたの悲しみを取り除きます。私たちは批判だけをし、そしてこのため、最終的には悲しみに終わります。私たちが良いことを考えるとき、悲しみは消えます。

三位一体の女神はエーテルの形ですべての存在の中にいます。彼女はすべてに遍満しています。献身の心とともに女神に全託している人々の、死の連鎖を取り除き、至高の住まいに連れていきます。カルマによって人間性を失ったこの世界を見てください。大酒飲みは飲んで眠くなって眠ります。しかし、私たちは幻想からくる無気力の中に眠り、この幻想の中に生きています。本物の酔っ払いです。まさに古代から、この世界はカルマといわれる毒に溺れており、正しい道を見出すことが出来ません。もっと明確に理解するためにある話をしましょう・・・・ダッタートレーヤは言い、続けました。

かつて、数人の旅行者がヴィンディヤ山に着きました。彼らは空腹で食べるものが何もなく、朦朧となっていきました。空腹を満たすため、木から毒入り果物を摘み、それが毒入りだと知らずに食べました。毒が体の中をまわり、彼らは正気ではなくなっていきました。お互いに喧嘩や罵り合いを始め、そして穴に落ちてしまいました。彼らは怪我をして治すために真夜中に町に着きました。町の門番は彼らが気がおかしい者だと思い、町に入ろうとするのを止めました。旅の者たちは、追い払った門番と喧嘩をし始めました。彼らは塀の囲いの周りにある穴に落ち、何人かは拘留されました。同様に世界の人々もまた良いことをしていると望みながら、カルマによって拘束されています。空腹を満たすために彼らは毒入りの果物を食べ、さらにトラブルを招きました。
このための解決策は良い行いについて熟考することです。霊的な道はこのための良い道です。皆さんの物質的思考はもう十分です。霊性について考えることを始めてください。そうでなければ、あなたは何度も何度も堕ちてしまうでしょう。多くの人々は霊性について考えようとさえしません。彼らは死まで楽しむためにグルについて考えません。彼らはどうやって恩恵を受けることが出来るのでしょうか?

その様な高貴な考えはこの転生でこそ出てくるべきです。もっと先の転生まで待ってはいけません。悪魔と神々の例を考えてみなさい。神はアムリタを得るための道に気をつけて、ずっと幸せだったのに、悪魔は質問の第二の考えを持っておらず、このために死にました。神々はヴィシュヌ神に保護を求め、幸せを得ました。常に問いかける者が至高の存在に達するでしょう。この質問だけでトリムルティは崇拝されているのです。その状態から抜け出したとき、トリムルティでさえまた、トラブルに陥ります。そして、知識について常に問うものは誰でも、マハトマ(偉大な魂)になるでしょう。一度の努力ではなく継続した努力でなければなりません。このために、常にサッドグル(真の師)の知識の言葉を聞き続けなさい。ダッタートレーヤ自身がそのような人に平伏するのは、彼らが真我の形になるからです。善悪を問うことで、人々は問題から道を見出すでしょう。

母を崇拝することはこの問いを得る源です。空の太陽のように、彼女は熟考する人々のハートの中で光輝いています。死が訪れるまで、ずっと楽しみのことを考えている人は失っているのです。多くの人々は熟考しません。最期の日まで彼らは家族、息子、娘、孫などのことを考え続けています。私はそれを止めるように言い続けます。あなたはどれだけこのことを考え続けるのですか?息子を持ち、面倒を見て、結婚させて、彼は息子を持ちます。なぜあなたは彼の息子(孫)について心配するのですか?息子が彼の息子の面倒を見るでしょう。その輪に入ってはいけません。孫もあなたを笑っています。あなたは彼(孫)が試験をパスしたか、試験をパスしたか?と問い続けます。あなたのハートは粉々になっていきます。

なぜ試験にパスしたかどうか悩むのですか?おばあさんはあなたのことで悩みましたか?どうして孫についてそのようにするのですか?グルについて考えることを始めてください。スワミジは個人インタビューの際に、多くの人々にこのことを話しました。彼らは次に私のところに来て、(スワミジから言われた)言葉がマインドに平和を与えたと言い、そして彼らは今幸せです。もし私がその話題を取り上げたら、彼ら自身非難するでしょう。彼らは私に感謝しています。あなたの息子が孫の世話をするでしょう。子供の中にパラマートマを見てください、あなたにとってそれで十分です。

畏怖がなければ、あなたは熟考することはできません。真我の知識はこの熟考と共にやってきます。ダッタ・スワミはパラシュラーマに言いました。あなた方皆がダッタートレーヤの教えを理解するよう、そして三位一体の母なる女神の真理を熟考するように。あなた方全てを祝福します。

Jaya Guru Datta! Sri Guru Datta!

nava03

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