言葉と教え

非暴力を実践することの恩恵

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(サンキールタナ・サプタハ 2018年11月 シュリー・スワミジの講話)

【詩句】
Ahimsā satyamakrodaḥ tyāgaśśāntirapaiśunaṃ
Dayā bhūteṣva lōluptvaṃ mārdhavaṃ hŗī racāpalaṃ

非暴力
真実であること
怒りを持たないこと
放棄(自制)
平静
他人の欠点を見つけないこと
あらゆる生命に対する慈悲
貪欲ではないこと
振る舞いの穏やかさ
謙虚さ
確固たる決意


は、神の性質に恵まれた人々に属するものとして主が述べた11の資質です。これらの性質は完全な人間を作ります。これらを実践することで、今世と来世の両方で快適さが得られ、その後に解放(モークシャ)を得ます。

すべての人にとって、これらの神聖な特質を培うことが重要です。そうして初めて自分の選んだ分野で輝くことになります。勝利はその人のものとなるでしょう。年長者からも若者からも称賛を受けるでしょう。これらの高貴な特性を培うことにより、他人を傷つけたいという願望が心に浮かぶことは決してありません。他人を言葉で罵倒し、傷つける必要性は一切なくなります。いかなる状況においても、その人は嘘を言うことに頼ろうとはしません。常に真実であり続けることを目指します。心に喜ばしい言葉を発する能力がその人の中に生まれます。

怒りを抑える能力がその人の中に生まれます。自分の所有する物を他人と分かち合う性質が生まれます。慈善のために与えたいという願望がその人の中に強まります。貪欲が消えて、あらゆる生命に対する慈悲が生まれます。その人は賞賛の時に膨れ上がることも、侮辱されてもひるむこともありません。代わりに平静で満たされます。主への愛がその人の心を完全に満たします。罪深い行為に対する恐れが強まります。社会が定めた規則に従って生きることに熱心になります。あらゆる物やあらゆる状況において、今や良いものだけを認識します。態度はより神聖になります。その人は生きた神に変容します。

これが神のような特質を忠実に守ることで得られる恩恵です。言うまでもなく、その後の人生は順調な旅になります。道に現れるすべての障害は自動的に消え去ります。人生は実り豊かになります。

牛と虎はどちらも四足動物ですが、どんな基準でも比較できません。前者は温厚な性格ですが、後者は凶暴で野性的です。穏やかな生活を送る牛は、誰からも尊敬されています。草のみで暮らしていますが、穏やかで心地よい性質を持っています。そのような高貴な性質を身につけることを志してください。

神のような特質に満ちたマハリシ・ジャージリの生涯から、ある出来事を話してみましょう。ジャージリ・マハリシは、じっと座り、激しい苦行に没頭していました。時が経つにつれ、彼の髪は大きく伸び始め、巣のようになっていきました。広くて悠々とした巣に惹かれて、数羽の鳥がそこに住み始めました。鳥たちの言葉が理解できる偉大な聖者は、鳥が彼の髪を巣作りの場として決めたことを喜びました。

次第に彼は、「私は間違いなく聖者の中で一番だ。なぜなら私は決して他者を傷つけないからだ」と自分に誇りを持つようになりました。

「それどころか、私は皆の役に立っている。鳥たちにさえ住処を与えたのだ」と自分に誇りを持つようになりました。時が経つにつれ、彼の考えはさらに変化しました。「善良さや他人を助けることにおいて、私に勝てる者はいない。また私の忍耐と犠牲の標準に匹敵する者はいない。私は誰よりも賢い。実際、非暴力の誓いを守ることにおいて、地上に私に匹敵する者はいない。私は、人がはるかに届かない、その最高レベルの苦行を達成したのだ」。こうして、彼の中に自惚れが入り込んでいきました。

彼が他者を非難したことは、実は暴力的な行為でした。それは罪深いことでした。聖者のうぬぼれた自慢を聞き、彼の頭に止まっていた鳥たちは軽蔑して笑いました。ちょうどそのとき、天から声が響き渡りました。「聖者よ! トゥラーダーラという名の商人がカーシーの街に住んでいます。人々は彼を最高の人物として称賛しています。あなたはここで孤独に座り、自分が最高だと考えています。そう結論付ける前に他の人に相談するのが賢明でしょう。」

聖者は恥ずかしくなりました。彼は今やその商人に嫉妬していました。「私は厳しい禁欲生活と規律を送った生活を送っている修行僧です。金銭で世俗的な取引に従事している商人が私より優れているなんてあり得ますか?これは混乱します」。彼はカーシーに向かいました。彼が近づいてくるのを見て、商人のトゥラーダーラは言いました。「おお、尊敬すべき聖者よ! あなたは天のメッセージに真実の要素があるかどうかを知るためにここに来たのですね?」

まったく信じられない気持ちで、マハリシ・ジャージリはトゥラーダーラをじっと見つめました。そして尋ねました。「商売に永遠と没頭しているあなたが、どうして私の訪問の目的を知ることができたのですか? どうしてこの超越的な知識を得ることができたのですか? それに向けてどんな努力をしたのですか? 私は確かにあなたの業績に困惑しており、それに関する詳細を知りたいのです。詳しく教えてください。」

商人は答えた。「偉大なる聖者よ!非暴力の誓いを守ったおかげで、この知識を得ることができました。(非暴力とは、いかなる状況においても、誰も、何ものも傷つけないという意味です)。私は創造界のすべての生命体の役に立つよう努めています。できる限り、いかなる形でも彼らに害を与えないようにしています。誰とも口論や誤解をしないようにしています。私が軽蔑する人はいませんし、心から望んでいるものもありません。満足することが私の生き方です。これらの要素により、最高の知識が私の中に芽生えました。

すべての法の中で、非暴力の誓いが最も優れています。人間と同様に、動物でさえ子孫を愛するのです。したがって、子孫がいかなる形でも傷つけられないようにしなければなりません。この理解に基づいて、いかなる形でも彼らに過重な負担をかけてはいけません。彼らを肉体的に拷問してはいけません。古代の経典には、あらゆる生命に対して慈悲の心を育むべきだと力説されています。私はこの原則を厳格に実践しています。

私は一般の庶民です。決して偉人に分類されることはありません。教育を受けていません。苦行やヨーガの実践などについての知識はありません。何世代にもわたって受け継がれてきた貿易を、義務として勤勉にこなしています。私の目には泥も金も同じです。私は何も求めず、何も拒みません。不必要に他人に迷惑をかけないようにしています。これが揺るぎない最終的な本質であると学びました。

マハリシ・ジャージリは完全に驚いて、頭に住む鳥たちに尋ねました。「親愛なる鳥たちよ!この商人の言葉には真実がありますか?」

鳥たちは答えました。「はい、親愛なる賢者よ。彼が話した言葉はすべて絶対なる真実です。実は私たちは正義の神(ダルマ・デーヴァタ)の代理人なのです。あなたは自分の利益のために犠牲を払う人生を送りましたが、その後、他者を助けていると自負していました。自分を至高だと考え、他者を非難しました。この貿易商人は、商売が生計の糧であるにもかかわらず、決して利益を求めません。彼の行動には無私が表れています。あなたは私たちに巣を提供したことを自負していました。あなたは、聖者の中でも最高であり、他者に奉仕する者の中でも最高だと考えていました。この男が無私の奉仕に従事している間、あなたは傲慢でした。今、あなた自身で決めてください。どちらの道がより良いものですか?あなたの道ですか、それとも彼の道ですか?

マハリシ・ジャージリは天界の代理人にひれ伏しました。彼は庵に戻り、間違いを正し、再び苦行に従事し、最高の境地に達しました。

このことから、高貴な特性を培う一方で、傲慢さが近づかないようにしなければならないことは明らかです。同時に、私たちは割り当てられた義務を確実に果たさなければなりません。私たちはいかなる形の期待もせずに正しい行為に従事しなければなりません。私たちの考え、信念、言葉は永遠に善良でなければなりません。

主ダッタの恩寵により、皆さんが正義の道を歩み、非暴力の誓いを立て、究極の利益を得ることができますように!

続く

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