バガヴァット・ギーター 第1章 11~14節
更新日 : 2024.11.30
カテゴリー : バガヴァッド・ギーター
ドゥルヨーダナは、自分の不安を簡単には表に出さない外交官でした。そのため、彼は、「限定された」と「十分な」という二つの意味を持つ同音異義語の 「paryāptam」 を巧みに使用しました。これを「限定された」と解釈すると、「11アクシャウヒニ(軍)を持つ私たちの軍隊は無制限であるのに対し、7アクシャウヒニ(軍)を持つ彼らの軍隊は限定されている」という意味になります。そのように彼は自慢しているように見えますが、本当に彼が伝えようとしているメッセージは、次のとおりです。
「私たちの軍は巨大だが、年老いたビーシュマに率いられている。ビーシュマはパーンダヴァに甘いので、私たちの力は『不十分』だと思える。彼らはビーマに守られている。そのため彼らの軍隊の方が強力だ」。
ayaneṣhu cha sarveṣhu yathā-bhāgamavasthitāḥ|
bhīṣhmamevābhirakṣhantu bhavantaḥ sarva eva hi|| 11||
「各自持ち場を慎重に移動しながら、軍隊が出入りできるすべての場所でビシュマを守備せよ」
自分の言葉がビーシュマに聞こえることを知っていたドゥルヨーダナは、意図的に別の同音異義語を使ったのでした。ほんの数日前、ドゥルヨーダナは「ビーシュマだけがパーンダヴァ族を滅ぼし、我々のために戦争に勝つことができる。しかし、シカンディと対峙した場合、彼は武器を取らないだろう。そのため、シカンディがビーシュマの手中に入らないようにすれば十分だ」と述べていました。そのため「ビーシュマを守る」とは、シカンディを遠ざけるという巧妙な合図でした。
これらの同音異義語は、彼のジレンマと勝利に対する疑念を明らかにしています。彼は軍隊を物理的な力だけで精査していました。兵士たちについて「彼らが死んだ後、彼らの家族の運命はどうなるのか?その結果、社会はどうなるのか?」とは一度も考えませんでした。これは注目すべきポイントです。そうして初めて、アルジュナの戦争観を理解できるのです。
tasya sañjanayan harṣhaṁ kuru-vṛiddhaḥ pitāmahaḥ|
siṁha-nādaṁ vinadyochchaiḥ śhaṅkhaṁ dadhmau pratāpavān|| 12||
ビーシュマはドゥルヨーダナの頼りない発言を聞きました。彼を喜ばせて軍隊に勇気を与えようと、彼はライオンのような咆哮をあげて、法螺貝を吹きました。
tataḥ śhaṅkhāśhcha bheryaśhcha paṇavānaka-gomukhāḥ|
sahasaivābhyahanyanta sa śhabdastumulo ’bhavat|| 13||
次の瞬間、カウラヴァの戦士たちは法螺貝、ラッパ、太鼓、ケトルドラムを吹き鳴らしました。その音は騒々しいものでした。
tataḥ śhvetairhayairyukte mahati syandane sthitau
mādhavaḥ pāṇḍavaśhchaiva divyau śhaṅkhau pradadhmatuḥ|| 14||
白馬に繋がれた壮麗な戦車に座ったシュリークリシュナとアルジュナは、同時に神聖な法螺貝を吹きました。
マハルシ・ヴィヤーサは、クリシュナとアルジュナの登場を華麗に演出しています。ヴェーダーンタでは、戦車は人間の身体を表します。馬は感覚を象徴します。ヴェーダは言います。
Indriyāṇi hayānāhuḥ-感覚は馬である。
ātmānam rathinaṃ viddhi śarīraṃ rathamēva tu ―真我が戦車の御者であり、身体が戦車である。
白は善(サットヴァ)を象徴します。したがって、感覚がサットヴァで満ち溢れている身体には、マーダヴァ(クリシュナ)とパーンダヴァ(アルジュナ)の2人が座っています。
彼らのうち、「マーダヴァ」は、『チャンドーギャ・ウパニシャッド』の「マドゥ・ヴィディヤ」技法で説明されているように「至高の神」です。「パーンダヴァ」は「白色から現れた者」、または「顔色が白い者」、つまり善で構成された人間です。
彼らの戦車はマハティ(至高)であるとは、ヨーガの苦行に適した身体であることを表します。
戦車の御者は戦車の戦士の幸運を祈る者でなければならず、意味ある指示を与える能力を持っていなければなりませんでした。戦いの喧騒の中ではまともな会話は難しいため、戦士は自分の足が御者の体に触れるように座ったり立ったりし、つま先を押して御者に戦車を走らせる方向を合図しました。
アルジュナの御者になることに同意することで、クリシュナは最愛の信奉者が足でクリシュナの体に触れたり押したりすることを喜んで許可したのです。アルジュナの足は常に主の体に触れていましたが、彼は一度も自分を偉大だとは思ってはいませんでした。彼のシュリー・クリシュナへの尊敬の念はほんの少しも薄れませんでした。
霊的な言葉で言えば、法螺貝は AUMを象徴します。神聖な法螺貝は、ラジャスやタマスに左右されない純粋なオームカーラ・サーダナを意味します。
マハルシ・ヴィヤーサは、カウラヴァ族の記述を、「ドゥルタラーシュトラ」、つまり「自分自身を自分の肉体だと誤解する束縛された魂」から始め、パーンダヴァ族の記述を「クリシュナとアルジュナ」に言及することから始めました。この2人はどちらもサットヴァで構成され、プラナヴァ・ウパーサナ(オームの音の礼拝)の道を歩み、感覚の統御を確立していました。彼らのうち、クリシュナはオームカーラ・サーダナ(オームの音の霊性修行)を極め、アルジュナは実践者でした。
このように『バガヴァット・ギーター』がタマス(暗質)が優勢な人をサットヴァ(純質)が優勢な人へと開花させるのに役立つことは明らかです。さらにそれはその人をオームカーラに熟達した至高の主の地位に引き上げます。
アルジュナの戦車、弓、法螺貝は、カンダヴァの森が焼かれたときに火の神アグニから彼に与えられました。そのためそれらは神の贈り物でした。同様に、クリシュナはグル・サーンディーパニの息子を救出するために水の神ヴァルナの住居にいたとき、法螺貝を手に入れました。そのためこれも神聖な法螺貝でした。
カウラヴァ兄弟は法螺貝を吹いて戦争を開始しました。クリシュナはパーンダヴァ兄弟に代わって最初に法螺貝を吹きました。このことから、クリシュナがパーンダヴァ族の中で最も重要な人物であったことは明らかです。
「マ(Ma)」は繁栄を意味します。「ダヴァ(Dhava)」は主人を意味します。「マーダヴァ」は繁栄した王国の主人を意味します。クリシュナが最初に法螺貝を吹いたことは、パーンダヴァ兄弟が繁栄する王国で恵まれようとしていることを示しています。

