【スワミジの教え】~この創造の成り立ち
更新日 : 2026.2.11
カテゴリー : シュリー・ダッタ・プラブー(スワミジ)の言葉 / 正しい生き方
2025年12月27日 アヨーディヤでの教え
※ぜひ、下記動画のヴェーダの詠唱の響きとともにお読みになってみてください。
Jaya Guru Datta.
Jaya Guru Datta. Sri Guru Datta.
Harihi Om Namahshivaayaa!
知識を求めるすべての人の心に、必ず疑問が湧いてきます。この創造はどのように始まったのか?誰が創造したのか?創造の秩序とは?私たちのマハルシたちは、数え切れないほどの昔に、ヴェーダという形でこれらの知的な問いに答えを出しました。
oṃ pūrṇamadaḥ pūrṇamidaṃ pūrṇāt pūrṇamudacyate
pūrṇasya pūrṇamādāya pūrṇamevāvaśiṣyate
あのパラマートマは完全です。パラマートマから生じたこの創造もまた完全です。この完全な宇宙が完全なパラマートマから顕現した後も、パラマートマは依然として完全であり、この創造もまた完全です。
一つの壺から別の壺に水を注ぐと、最初の壺は半分空っぽで不完全になり、二番目の壺も不完全になります。しかし、パラマートマとこの宇宙はそうではありません。それがバガヴァーンの特別な性質なのです。
創造について語る世界最初の聖典はヴェーダです。ヴェーダの最初の聖典であるリグ・ヴェーダの第10マンダラには、「ナサディヤ・スークタ」と呼ばれるスークタがあります。聞いたことがありますか?後でじっくり考えてみてください。ナサディヤ・スークタとは何を言っているのでしょうか?
nāsadāsīn no sadāsīt tadānīṃ
nāsīd rajo no vyomā paro yat
kim āvarīvaḥ kuha kasya śarmann
ambhaḥ kim āsīd gahanaṃ gabhīram
初めに「asat」な物質はなく、「sat」な物質もありませんでした。地も空も、天の七つのローカ(界)さえもありませんでした。これらが何も存在しないとき、どうして水が存在し得たでしょうか?
na mṛtyurāsīdamṛtaṃ na tarhi
na rātryā ahna āsīt praketāḥ
ānīdavātaṃ svadhayā tad ekaṃ
tasmāddhānyanna paraḥ kiñcanāsa
当時は死も不死もありませんでした。昼と夜のような区別もありませんでした。空気もなく、唯一のブラフマンが自らの力で呼吸していました。
空気がなければ私たちは呼吸できませんが、空気を動かす力を与えてくださるのはパラマートマです。もしパラマートマが「呼吸する」のであれば、なぜ空気が必要なのでしょうか?パラマートマの呼吸は私たちの呼吸とは異なり、タパスなのです。
tasmādvā etasmādātman ākāśaḥ sambhūtaḥ
遍在するパラマートマから、最初のアーカーシャ(空間)が生まれました。アーカーシャとは空間を意味します。空間とは場所を意味します。物をどこかに置くには、空間が必要です。初めに、パラマートマだけがすべてを満たしていたため、空間はありませんでした。創造の始まりにおいて、バガヴァーンは遍在する「占有」を減らし、空間のための余地を与えました。こうしてアーカーシャが生じたのです。
ākāśādvāyuḥ
vāyoragniḥ
agnerāpaḥ
adbhyah pṛthivī
アーカーシャからヴァーユ(空気)が、ヴァーユからアグニ(火)が、アグニから水が、水から土が生まれました。こうして、パンチャ・ブータが顕現しました。
ここで言うパンチャ・ブータとは、私たちが目にする地や飲む水ではありません。パンチャ・ブータの原料は、地中から湧き出る金のように、パラマートマから来たものなのです。装飾品は地中から直接湧き出るものではありません。同様に、私たちが今日使っているパンチャ・ブータも、現在の形で現れたわけではありません。金が地中から湧き出るのと同じように、その原料の本質はパラマートマから現れたのです。
そして、創造を前進させるために、パラマートマは私たちがブラフマーと呼ぶヒランニャガルバを創造しました。
hiraṇyagarbhaḥ samavartatāgre
bhūtasya jātaḥ patireka āsīt
sa dādhāra pṛthivīṃ dyāmutemāṃ
kasmai devāya haviṣā vidhema
ヒランニャガルバは、パラマートマから授かったヴェーダの知識とパンチャ・ブータの原料を用いて、それらを生類のために形作りました。まるで金細工師が装飾品を作るように。スヴァルガ(天界)やその他のローカ(界)と共に、私たちが今見て経験している空気、火、水、土は、ヒランニャガルバを通して形作られました。
パンチャ・ブータの中で最後に形づくられたのは、地でした。
pṛthivyā oṣadhayaḥ
oṣadhībhyo’nnam
annātpuruṣaḥ
sa vā eṣa puruṣo’nnarasamayaḥ
地から植物が生まれ、植物から食物が生まれ、食物から生きものが生まれました。私たちはこの真実に注目すべきです。バガヴァーンは生きものを創造する前から、生きもののために食物を創造したのです。
今日でも、その証拠はあります。赤ちゃんが母親の胎内から出てくる前に、母親の体内で赤ちゃんのための乳が作られます。同様に、ジーヴァを創造する前に、食物が準備されました。
それからヒランニャガルバは、神々、人間、そして他の生き物を創造したいと望みました。これはどういう意味でしょうか?疑問が生じる前に、パラマートマはまず答えを創造します。答えが存在する場合にのみ、疑問が生じるのです。
どんな疑問が心に浮かんでも、パラマートマはすでにその答えをあらかじめ用意しています。ですから、どんな質問をしても問題ありません。
まず、ブラフマーはプラジャーパティを心から生まれた息子として創造しました。彼らはブラフマーの創造を助けました。
kāmastadagre samavartatādhi
manaso retaḥ prathamaṃ yadāsīt
sato bandhumasati niravindan
hṛdi pratiṣyā kavayo manīṣā
カッシャパ・プラジャーパティは神々や他の生物を創造したいと願い、タパスを行いました。最初の試みでは、蛇と水棲生物しか創造できませんでした。
prajāpatirakāmayata prajā sṛjeyeti
sa tapo tapyata
sa sarpānasṛjata
最初の試みが失敗すると、彼は再びタパスを行い、鳥や空の生物を創造しました。
sokāmayata prajā sṛjeyeti
sa dvitīyam atapyata
sa vayānāgasyāsṛjata
彼は再びタパスを行い、3度目の試みでまず神々を創造し、次に人間を創造しました。
sokāmayata prajā sṛjeyeti
sa tṛtīyam atapyata
sa etandī īkṣitavātam apaśyattapavadattato vai
sa prajā asṛjata
こうして、創造主プラジャーパティは3度目の試みに成功しました。だからこそ、サナータナ・ダルマでは3という数字は縁起が良く、勝利をもたらすものと考えられています。私たちはプラダクシナ(周回)を3回行い、「シャーンティ」を3回唱えます。多くの文脈において、3はマンガラ(mangala、吉祥)と解釈されます。オームカーラ自体は三つです。アーカーラ、ウカーラ、マカーラです。
このようにして、神々、人間、そしてその他諸々が創造され、創造は前進しました。
私たちが述べたのは、一人のブラフマーンダの創造です。ブラフマーンダは無数に存在します。だからこそ、ラリター・サハスラナーマでは、母なる神を次のように称えます。
aneka-koṭi-brahmāṇḍa-jananyai namaḥ
幾千億もの宇宙の中で、一つの宇宙の中で、幾千億もの球体の中で、一つの小さな球体、この地球の中で、何百もの国々の中で、一つの国の中で、一つの州の中で、一つの小さな町の中で、さらに小さな家の中で、あなたは人間であり、千頭の象を飲み込むことができるシロナガスクジラのような巨大な存在に比べれば、小さな体で小さく見えます。
創造の年に終わりはありませんが、現在の創造の年は45億4千万年です。その中で、あなたはせいぜい100年しか生きられません。たいていはそれにも満たないでしょう。その中でも、健康で病気もなく生きられるのはわずか60年ほどです。ですから、60歳で「シャーンティ」、つまり「プールナ・アーユス」が完了するのです。
幼少期は5年で過ぎ去ります。約20年は睡眠に費やされます。そして、あなたには35年が残っています。その35年でさえ、肉体を維持するために、食事、旅、娯楽、結婚、死などといった時間を費やします。真の向上のためには、残り約20年、実際にはもっと短いかもしれませんが、20年としましょう。
そこから少なくとも16年は教育と仕事に充てられます。すると、プンニャ(徳)を積み、ダルマを実践し、社会に貢献するために残された時間は、わずか約4年です。
このわずかな時間を、来世をより高く、より良いものにするために正しく使わなければなりません。しかし、私たちはカーマ(欲望)とクローダ(怒り)、ローバ(貪欲)とモーハ(迷妄)、マダ(傲慢)とマーツァリヤ(嫉妬)に迷い込んでしまいます。「私のような者はいない」と豪語しながら、私たちが演じる役割は、嫉妬、陰謀、欺瞞、裏切り、不正、嘘です。
これらすべてを捨て、ダルマを実践して、他者に奉仕し、プンニャ(功徳)を重ねるならば、来る時には高貴な人間となり、来世では高貴な存在となり、プンニャを重ねるごとに、ついには神として生まれるでしょう。プンニャを重ね続けることで、ある創造物においてはブラフマーとして生まれ、創造の代理人となることさえできるのです。
aṣṭacakrā navadvārā devānāṃ pūrayodhyā
tasyāguṃ hiraṇmayaḥ kośaḥ svargo loko jyotiṣāvṛtaḥ
八つのチャクラと九つの門を持つこの人間の体は、それ自体がアヨーディヤです。このアヨーディヤは神々の街であり、人間の体は神々の住処です。それはナーラーヤナの街とも呼ばれています。
アイタレーヤ・ウパニシャッドによれば、ヴァーユ・デーヴァはプラーナやその他のヴァーユとしてこの体に入りました。アグニ・デーヴァはジャタラーグニとして、そして目やその他の機能として存在します。ヴァルナ・デーヴァは血液やその他の水の要素として存在します。ブー・デーヴァは皮膚、肉、その他の土の要素として存在します。このように、私たちの体はデーヴァたちの住処なのです。
deho devālayaḥ prokto jīvo devassa nātanaḥ
tyajedajñāna nirmālyaṃ so’haṃ bhāvena pūjayet
この体は神殿です。パラマートマを知るジーヴァはそれ自体がデーヴァです。これがサナータナ・ダルマであり、永遠の真理です。
アヨーディヤ・ラーム・マンディル(寺院)に関する裁判においても、これらのヴェーダの原理が論じられました。
カール・セーガンのようなアメリカのNASA科学者がサナータナ・ダルマについて語った言葉を思い出してください。この宇宙において、ヒンドゥー教のダルマだけが、創造は無限であり、創造は幾度となく生まれ、そして消滅することを説いています。彼は、ヒンドゥー教の聖典こそが、時間の尺度と宇宙の計算を正確に、そして科学的思考に近い形で述べているのだと言いました。
このような偉大なサナータナ・ダルマ――この世界に生まれた以上、あなたは高く高貴な生き方をしなければなりません。ですから、時間を有効に使いなさい。無駄にしてはいけません。ヴェーダが教える善行を行い、グルが示した道を歩みなさい。
これは、スワミジがこの偉大な都市アヨーディヤから皆さんに伝えるメッセージです。
Jaya Sri Ram.
śāntā pṛthivī śivamantarikṣaṃ
dyaurnodevyabhāyanno astu
śivā diśaḥ pratidiśa uddiśo naḥ
āpo viśvataḥ paripāntu sarvataḥ
śāntiḥ śāntiḥ śāntiḥ

