【スワミジの教え】~真のサーダナとは
更新日 : 2026.4.8
カテゴリー : シュリー・スワミジの言葉 / 正しい生き方
2026年3月18日 インド・ハイデラバード SGSアーシュラマでの講話
時代は移り変わり、ユガディ(インド暦の新年)は過ぎて、私たちは良い日も悪い日も経験しています。善と平安が私たちの中に育っていないように感じ、サーダナ(霊的修行)が進んでいないように感じます。平安、寛容、そして許しは重要です。私たちはいつ完全性を得るのでしょうか?いつ満たされた人間になるのでしょうか?人はいつこの世と来世で充足感を得られるのでしょうか? 人が平安、忍耐、そして許しを獲得したとき、人は充足感を得ます。これらを実践するとき、私たちは満たされるのです。
これらの資質を備えている人でさえ、時には過ちを犯し、忍耐や寛容、許しを失うことがあります。私たちはこの輪廻転生の中で、そしてこれらの問題の中で生きながら、これらのサーダナを粘り強く続けるべきです。それが私たちにとって重要な目標です。家を建てたり結婚したりすることではありません。私たちは子どもたちに正しい道を示すべきです。子どもがいる以上、正しい道を歩むべきです。しかし、これは真のサーダナではありません。
真のサーダナとは、平安、忍耐、そして許しを育むことなのです。これらは心を浄化し、神聖なものにします。どんな浮き沈みがあろうとも、平安でいてください。少し反応しても構いませんが、平安でいてください。誰もが平安を持つ必要があり、平安がなければ知識を得ることはできません。多くの人が、サッドグル(真の師)に会っても知識を得られないと言います。あなたは努力していないのです。空腹を満たすために食べ、喉の渇きを癒すために水を飲まなければなりません。あなたは知識を得ようとしているふりをしていますが、実際にはそうではありません。
水は常に火によって温められます。熱によって沸騰し、その熱から逃れようとします。水の本来の性質は冷たさです。ですから、温められた水が冷めると、熱を失い冷たくなり、本来の性質を取り戻します。私たちもまた、本来の姿に戻るべきです。神は私たちに平安を与えましたが、私たちはその平安へと戻っていません。 人は人生における平安の欠如に押しつぶされてしまいます。平安を失いながらも、平安を得ようとします。では、どうすれば平安を得られるのでしょうか?
バガヴァッド・ギーターの中で、シュリー・クリシュナ・パラマートマは「感覚の抑制(インドリヤ・ニグラハ)」を説いています。感覚の抑制は一つの方法です。これがなければ、目はさまよい、耳は噂話を聞きたがり、舌は味覚を求めます。ですから、識別力(ヴィヴェーカ)のない者は、神について瞑想することさえ望まないでしょう。平安のない者は幸福を得ることはできません。したがって、人が永遠の幸福を望むなら、まず心の平安を得なければなりません。私たちは10分間もじっと座っていることさえできません。私たちはあまりにも移り気なのです。この心の平安は、普遍的自己の真髄(パラマートマ・タットヴァ)を瞑想することによってのみ得られます。
マハー・ヴィシュヌの最初の名前は何ですか?
シャーンティ(Shantiħ 平安)
それは、シャーンティ(平安)とサッティヤ(真実)が融合したものです(サッティヤは二番目の名前です)。マハー・ヴィシュヌに庇護を求めることで、私たちは平安を得ます。なぜなら、私たちは彼と彼の物語を瞑想し、私たち自身の人生の物語が心から消えていくからです。だからこそ、グルはあなたに多くの方法を与えているのです。バジャンを歌ったり、バジャンを書いたり、神聖な名前を書いたりなどです。グルは多くの方法を与えています。これらは解脱を与えるものではありません。これらはあなたに平安を与えます。ラリター・サハスラ・ナーマを唱えることは、直接解脱をもたらします。あなたがそれを続けると、グルはそれを10万回するように指示し、そうすればあなたは悪い習慣を忘れ、あなたの感覚は悪い傾向を忘れます。あなたは平安を得ます。それは真実と共にある平安です。
二つ目は忍耐です。人生は喜びと悲しみの組み合わせです。だからこそ、ウガディのたびに、私たちはあらゆる味(甘味と苦味)のチャツネを作るのです。人生にはあらゆる味があるからです。人生には多くの侮辱がやってきます。それを数えたり、思い悩んだりしてはいけません。新しい侮辱がやってくるので、やってくると同時に忘れてしまいましょう。それらを耐え忍ぶ能力こそが忍耐です。
シュリー・マハー・ヴィシュヌの第三の名前はサヒシュヌ、つまり「寛容なる者」です。
私たちがヴィシュヌの名を唱えるとき、ヴィシュヌの特質が私たちに宿ります。毎日グル・プージャーを行うときも、ヴィシュヌの特質が私たちに宿り、グルは何も得ません。
忍耐と平安を得るためには、神に庇護を求めるべきです。なぜなら、ダルマに従うには忍耐が非常に重要だからです。そうしてこそ、私たちはプンニャ(功徳)を得ることができるのです。家庭で常に怒りをぶつけていると、問題は解決しません。むしろ、怒りを向けられる側は疎遠になってしまいます。怒りっぽい人は、行く先々で誰にでも怒りをぶつけます。職場で腹を立てた夫は、家でも妻に怒鳴りつけ、妻を遠ざけてしまいます。その場で怒りを手放し、次の人に笑顔を向けましょう。
これは忍耐によってのみ解決できます。同様に、焦っても何の役にも立ちません。人はすぐに結果を求めたがりますが、時間はあります。急ぐことは、成果を台無しにするのです。
忍耐は社会において非常に重要です。この資質は神の恩寵によっても得られます。私たちは時として、忍耐を無能と勘違いしますが、それは間違いです。忍耐は人を高めます。スワミジがアーシュラムの門をくぐった際に批判した人物をなぜ叱責しないのか不思議に思うかもしれません。問題はその人物にあり、スワミジの資質は忍耐強いことです。
忍耐は人を神のような存在にさえします。善人になるためには、忍耐が必要です。
第三に、許しです。これは素晴らしい資質です。多くの人は許しを弱さの表れだと考えますが、そうではありません。
それまで心に秘めていた憎しみは、許しを得た瞬間に消えます。そうでなければ、心は重くのしかかるでしょう。
許しは、勇敢な人、戦士の真の装飾品です。人が許す心を持つならば、心は清らかになり、平安が増します。許しは神聖な資質です。
罪を犯した者は、同じ過ちを繰り返さなくなるでしょう。恥じることになります。あるいは、あなたをただの頑固者、あるいは弱い人間だと思うかもしれあせん。そう思わせておけばいいのです。勝利は、相手を感心させることよりも、憎しみを克服することにあります。
マハー・ヴィシュヌには、クシャマハという4番目の名前があります。
この資質は、多くの困難や問題を解消します。
男性にとっても女性にとっても、忍耐は装飾品です。私はいつもこのスークティ(聖句)を心に留めていました。
Kshata daanam, kshama satyam, kshama yajnascha putrika,
kshama yashah, kshama dharmaha, kshamaya vishtitam jagat.
クシャタ・ダーナム、クシャマ・サッティヤム、クシャマ・ヤジュニャスシャ・プットリカ、クシャマ・ヤシャハ、クシャマ・ダルマハ、クシャマヤ・ヴィシュティータム・ジャガット
忍耐は慈悲であり、真実であり、ヤジュニャ(供犠)であり、名声であり、ダルマ(正義)であり、この動くものと動かないものすべてが忍耐によって成り立っているのです。
ですから、誰もが平安、忍耐、そして寛容な心を持って行動しなければなりません。そうすれば、その人は世俗的にも霊性においても成長し、大きな実りを得て、皆の模範となるでしょう。そして、皆から崇拝されるに値する人物となるでしょう。
母なる女神の恩寵により、皆さんの中にへ案、忍耐、そして許しが増えますように。
このことを心に留め、サーダナ(霊的修養)を実践してください。心をこの方向へ向ける方法はたくさんあります。ディヤーナ(瞑想)、プージャー(礼拝)、瞑想、バーガヴァタム(クリシュナの栄光の聖典)、グル・ギーター、バジャン(賛歌)など…集中力を保ち、心を安定させるための方法は数多くあります。そして今、プラーナーヤーマ(呼吸法)に竹笛を使う方法があります。集中してサーダナを実践すれば、心がどれほど落ち着くか実感できるでしょう。
10分間練習し、休憩を取り、また10分間練習して、これを繰り返してください。十分な水分を摂りましょう。肘は自由に動かせるように、腕置きやその他の物が腕の動きを妨げないようにしてください。
ゆっくりと呼吸しながら竹笛を演奏してください。まず、竹笛に正しく息を吹き込むことを学びましょう。それまでは指を動かさないでください。最初に、竹笛で音を出す練習をしてください。高音、中音、低音の音程を教えてもらえるので、それらの音を出せるようになるまで練習しましょう。真夜中に練習するのは避けてください。大家さんから退去を求められるかもしれません。竹笛で曲を演奏できるようになるには、一日では無理です。ゆっくり練習しましょう。まずは正しい音を出せるようになり、それから7音を演奏してみましょう。
7音を演奏できるようになれば、もう諦めることはないでしょう。次に、これはプラーナーヤーマ(呼吸法)です。コンサートはしないでください。私たちはそれを望んでいません。これは肺と心を浄化するためのものです。
もちろん、子どもでも竹笛を本格的に学ぶことができます。退職した人たちも竹笛を習い始め、中にはマイソールでコンサートを行った人もいますが、これは稀なケースです。
竹笛は簡単に演奏できないため、演奏に挫折しやすい楽器です。ヴィーナやバイオリン、打楽器など、手で演奏する楽器は音を出すことができますが、竹笛やクラリネットなどは、最初はとてもがっかりするかもしれません。心、指、呼吸、すべてが一体となって演奏する必要があるのです。運転と同じで、クラッチとハンドルを握り、常に周囲に注意を払っていなければなりません。ほんの一瞬の不注意や居眠りが事故につながるのです。
周囲を常に警戒し、家族が怒鳴り合ったり喧嘩したり、子どもがシートベルトを締められて泣いたりしても、車内では平静を保たなければなりません。さらに、交通量が多い場合は、常に注意を怠ってはなりません。運転手が飲酒している場合は、状況はさらに悪化します。
つまり、竹笛を演奏することは運転に似ていて、努力が必要なのです。
ある偉大な竹笛奏者は、酔っている時だけ竹笛を演奏していました。ある偉大なバイオリニストが、その男に「いつかスワミジを見せてあげるから、その日はお酒を飲まないように」と約束しました。男はシャワーを浴びて身支度を整え、車で出かけようとしたのですが、鍵を取りに家に戻ると言って、その間に少しお酒を飲んでしまいました。バイオリニストは彼をたしなめましたが、約束通り家へ連れて行かなければなりませんでした。
バイオリニストは彼に口を開かないように言い、竹笛奏者の代わりに自分が話すと言いました。しかし、竹笛奏者はスワミジの姿を見ると、喜びのあまり口を開け、スワミジの足元にひれ伏しました。ほんの少しの間、酒を飲みに席を外した隙に、ボトル一本を飲み干してしまったのです。
しかし、彼はやって来て、まるでシュリー・クリシュナが演奏しているかのような見事な竹笛を奏でました。明日は酒を飲まずに竹笛を吹きに来てください。お母さんに叩かれてしまいますよ。口からだけでなく、あちこちから息が漏れてしまうでしょう。
Bhajan ID 2140 – sāma gāna lōla sumadhura
Bhajan ID 275 – dattāvadhūta svāmī kāvave
私の心の平安はこうです。ウガディが来るのを待ちましょう。あと数日だと思っていました。
明後日は新年最初の日なので、スワミジがここにいる間にパンチャ・ウッツァヴァを行います。その後は、満月の日に毎回行うことができます。とても素晴らしいことです。あらゆる病気、苦しみ、問題が消えます。多くの善行に加え、知識(ジュニャーナ)も授けられます。
戦争の恐怖と雰囲気が収まるよう祈ります。戦争と恐怖は雲に集まって、将来、雨の問題や水生生物の苦難をもたらすでしょう。私はすでに、カリ・ユガ(不正義が横行する時代)において、私たちは破滅に近づいていると述べました。私たちは、自分たちのものではない土地、つまり神のものである土地を巡って争っています。
ある老人がスワミジのもとを訪れ、土地を巡る裁判で50年の歳月を無駄にしたと訴えました。私は20年以上前に、裁判に巻き込まれないように、土地をアーシュラムに寄付するようにと彼に忠告していましたが、彼は裁判に敗訴した今になって、スワミジの言葉が正しかったと悟ったのです。
ここハイデラバードでは、土地の強奪が横行しています。ダッタの信奉者にとって、裁判で一生を無駄にするよりは、裁判に敗訴する方がましです。
彼らは爆弾製造を競い合っています。罪のない命が失われています。意思決定者たちは冷房の効いた部屋に座ってボタンを押すだけで、罪のない人々や兵士たちが命を落とします。彼らは死ねば少なくとも高次の世界へ行くことができますが、手足やその他の身体の一部を失うと、人生は途方もなく困難になります。
神は私たちにこの命を与えてくれました。私たちは平安(シャーンティ)のために努力すべきです。恐怖を煽っても意味がありません。私たちは常に勇気を与えるべきであり、恐怖を増幅させるべきではありません。これから起こる悲劇や危険の一部は隠すべきであり、恐怖を生み出すべきではありません。戦争への恐怖を取り除いて、自然の平和を祈るために、私たちはそうするのです。母なる地球は、幾多の激しい戦いや災害などを経験してきました。母なる地球は、偉大な忍耐、平和、そして寛容さを持っています。
私たちはここでスワミジの前でパンチョーッツァヴァ(五大神輿の儀式)を行っています。ウガディは明日ですが、私はもっと後だと思っていました。
ダルシャン(シュリー・スワミジの謁見)を受けるには長い列に並ばなければなりません。ダルシャンを受けるために近道やVIP列を利用することを拒否する人もいます。人生においてダルシャンを待つことは神聖な機会です。二度と巡ってくることはありません。もしあなたが列を飛ばして近道を探せば、列に並んでいる他の人たちはあなたを呪い、彼らの罪があなたに降りかかるでしょう。列に並ぶのは構いません。VIP列は必要ありません。スワミジはあなたのために6時間も座って待っているのですから、スワミジに会うために30分待つことはできませんか?
明日また会いしましょう。明後日はパンチョーッツァヴァ・セーヴァー(奉仕)を行います。
(スワミジのバジャンを収録した新しいMP3 USBメモリがリリースされました。)
このバジャンのUSBメモリは必ず入手してください。二度と手に入りません。この音楽をコピーしたり、共有したりしないでください。スワミジはこの音楽を作るために大変な努力をしました。必要な方は購入してあげてください。4~5枚を自宅に置いて、必要としている方に渡してください。
皆さん2~3枚、できれば5~6枚購入してください。他の人にプレゼントすることもできます。プレゼントする際には、コピーを作らないようにと言ったことを伝えてください。他のプレゼントは時間が経つと捨てられてしまいますが、これはスワミジに近づくためのものです。最近の結婚式では、ジャヤラクシュミー・マーター・プラクリティ製品やその製品のバウチャーをプレゼントする人が増えていることをとても嬉しく思います。

