シュリーマド・バーガヴァタム 第26話(クンティの真の祈り)
更新日 : 2017.11.23
カテゴリー : シュリーマド・バーガヴァタム

ドワーラカに戻ることを決めた主クリシュナはパーンダヴァたちのもとを離れました。彼はヴィヤーサと他の聖仙たちを礼拝して、そして彼らも敬意を込めて主クリシュナを礼拝しました。サーッティヤキとウッダマと供に彼も馬車に乗り、ちょうど出発する頃に、アルジュナの息子アビマンニュの妻であるウッタラが怯えながら近づいてくるのに気づきました。彼女は次のように祈りました。
Pāhi pāhi mahā-yogin deva-deva jagat-pate
Nānyaṁ tvad abhayaṁ paśye yatra mṛtyuḥ parasparam
「おお偉大なヨーギーよ!おおデーヴァデーヴァよ!おおこの世界の主よ!どうぞ私をお守りください!人々が殺し合うこの世界で、あなた以外に私を守護できる者はいません! プラブーよ! イーシュワラよ! 燃える鉄の矢が私に向かっています。 それが私を殺しても構いませんが、主よ、私のお腹の中の赤ちゃんを傷つけないでください。」
ウッタラの祈りを聞きながら、彼の信奉者を自身の子どものように思う至高の主クリシュナは瞬時に、この矢がドローナの息子であるアシュヴァッターマンが放っていたものであることに気がつきました。クリシュナは更に、パーンダヴァ一族をこの世から絶滅するためにアシュヴァッターマンが彼らに対して武器を放っていたのだと理解しました。
まさにそのとき、五本の激しく燃えている矢がパーンダヴァに向かっていました。自衛のため、五人のパーンダヴァはすぐに彼らの弓と矢をとりました。主クリシュナに対する最高のバクティを持つパーンダヴァの窮状に気づき、主クリシュナは彼の武器であるスダルシャナ・チャクラ(円盤)を使って、彼らを守ろうとしました。
あらゆる生類の内なる真我(アートマ)の姿であり、全てのヨーギーの主であるシュリー・クリシュナは、クル一族の最後の子孫を守るために、ヴィラータ王の娘であるウッタラのお腹に入り、幻想の力(マーヤー・シャクティ)で胎児を包み守りました。
ブラフマーストラは無敵の武器です。それでも、この非常に強力な武器はヴィシュヌの力と輝きの前で、無力化されて沈められました。それはウッタラのお腹の中で収縮し、遠ざかりました。
この主は、奇跡の宝庫だったのです!ですから、ショウナカや他の有名な聖者達は、これをとても驚くべき出来事だとは考えないでください!生まれることなき最高の主であり、また幻想の力(マーヤー・シャクティ)を持つことで、この物質的創造の全てを保ち、溶解します。これは決して特別な行為ではありません!
クンティ・デーヴィは彼女の息子たちのパーンダヴァとその妻ドラウパディがこのブラフマスートラから守られているのを見ました。彼女は、そのような至高の功績を成し遂げ、まさに旅に出ようとしていた主に、次のように言いました。
Namasye puruṣaṁ tvādyam īśvaraṁ prakṛteḥ param
Alakṣyaṁ sarva-bhūtānām antar bahir avasthitam
おおクリシュナ!あなたは原初の存在(アーディ・プルシャ)です。あなたはすべての世界の層(ローカ)を観照するエネルギーです。あなたは幻想の力(マーヤー・シャクティ)です。あなたは感覚の理解を超えています。あなたはすべての生類のハートの中にあるだけでなく、その外にも存在します(すべてに広がっている)。おお主よ、私はあなたに敬意を表します!
人々の霊的無知により、まるで幻想のヴェールに覆われているような姿のあなたは、実際にプラッティヤクシャ・プラマーナ(感覚を通して把握されたときに現れる確かな知識)の理解を超えています。」
主は、自身をヴェールで覆っていません。人々の幻想が主をヴェールで覆っているのです。この霊的無知、すなわち幻想のヴェールが取り除かれたとき、主は輝き出すのです。ヴェールが除かれないと、主は輝きません。
「おお主よ、私はどのようにして、破壊されることのないあなたを気づき、理解することができるでしょうか。愚かな者は演じるために着飾った俳優に気づきません。同じように、身体(デーハービマーナ)に自己中心的な執着を持っていたり、それに夢中になっている人々は、あなたを至高の主パラマートマであると気づくことができません。
悟り(パラマハムサ)の最も高い状態にいて、全く純粋な精神を持ち、至高の識別力を持つ選ばれたヨーギーたちでさえ、信愛(バクティ・ヨーガ)を通して主を礼拝します。あなたの化身は、まさにここを目的としています。至高主パラマハムサのようなヨーギーでさえもあなたを完全に理解することができないのに、どのように私たちのような普通の女性達が主の元となる形に気づき、理解することができるでしょうか。
あなたは、アシュヴァッターマンが放った恐ろしい武器から私たちを救いました。その保護によってのみ、私たちは今生きられているのです。おお主よ、バガヴァッド・ギーターを説いた主よ!おおこの世の主よ!私たちは、常に困難が私たちに降りかかることを祈ります。困難な時にこそ、あなたのダルシャンを得るからです」
わかりますか?真に献身している人々は、困難が取り除かれることを祈るのではありません。苦難が取り除かれるように祈っている人は、真のバクティを持っていないことを意味します。彼らはバクティの価値に執着しているのです。それは取引です。それは取引として終わり、取引として消えるのです。真の信奉者は、苦難が彼らの元にくるように祈るのです。プランダラダーサ・キールタナにおいてもこれは見ることができます。「おお主よ、あなたの慈悲心があれば十分です。その他は重要ではありません」と言います。
オーム・スリーマン・ナーラーヤナ!

