シュリーマド・バーガヴァタム 第74話
更新日 : 2018.11.8
カテゴリー : シュリーマド・バーガヴァタム
前述のように至高の主への献身を育み、「彼」を崇拝する霊的な志向者は、最も信心深い帰依者の仲間入りを果たし、共に生きる機会を得るでしょう!これが最高の成果です!
このことを通じて至高の主に対して毅然とした献身を育むでしょう。この献身によって、志向者は解脱に恵まれるでしょう!
心が幸福に満たされるためには、シュリ・ハリの物語を聴かなければなりません。これを通じて得られた知識によって、三つの特質(サットヴァ/純質、ラジャス/激質、タマス/暗質)から生じた好き嫌いは完全に払拭されます。
満足した幸せなマインドの中で、離欲(ヴァイラーギャ)が生じます。マインドは世俗的な快楽を追うのを停止します。
マインドが永遠に世俗的な快楽を追い続けているのであれば、熱心な崇拝は何の役に立ちますか?世俗的な快楽を追いかけることを防ぐために何をすべきでしょうか?今からマインドを捕まえる計画について説明します。
離欲を育んだマインドの中にバクティ・ヨーガが現れます!献身(バクティ・ヨーガ)が解脱への道となります。これはマハートマたちが宣言していることです。
満足感、平和、献身、解脱を与えるシュリ・ハリの物語の中で、甘さと優しさとを味わった人は、そこから離れることはできません。
聖仙スータが聖仙シュカの宣言を聖仙ショウナカに伝えたとき、彼(パリクシット王)はこのように問いました。
「聖仙よ!この聖仙シュカの宣言を聞いた後、パリクシット王は彼にさらなる質問をしましたか?博学な聖者よ!我々はそのことについて聴くことを熱望しています。慈悲の心で私たちにお教えください。
kathā hari-kathodarkāḥ satāṁ syuḥ sadasi dhruvam
この偉大な聖者たちの集会で議論されたすべての言葉や話題は、主シュリ・ハリのみに関係しています。
パーンダヴァ族の子孫であるパリクシットは主シュリ・ハリの熱心な帰依者でした。幼少期や少年期、人形で遊ぶ時期であっても、彼は主シュリ・ハリに関係した遊戯だけをしたものでした。
聖仙ヴィヤーサの息子である聖仙シュカは、主クリシュナの最高の帰依者でした。二人の熱烈な主の帰依者の間で交わされる会話では、シュリ・ハリの話題が必然的に持ち上がっていました。
Āyur harati vai puṁsām udyann astaṁ ca yann asau
Tasyarte yat-kṣaṇo nīta uttama-śloka-vārtayā
毎日、太陽が昇り、沈むように、人々の人生の残された時間は刻一刻と少なくなります。ただし、一日のわずかな時間さえも惜しんで至高の主の行為を讃えて過ごす人々を除いては。
ヴェーダそれ自体によって栄光を受けている至高の主の物語を讃えることのできない舌は、ガーガーと無意味な音しか発せないカエルの舌のようなものです。
至高の主シュリ・ハリの前で頭を下げられない人は、高価な服と重い冠を身につけても、身体の重荷に過ぎません。そのような頭は無意味です。
シュリ・ハリに帰依する巡礼者の聖地を訪れない人々の目は、孔雀の羽根にある擬似の目のようなものです。孔雀の羽根の「目」と呼ばれている模様で何が見えますか?
巡礼地に向かわない人々の脚は木の幹と同等です。主の足元のほこりを自分の頭にかける、聖なる帰依者の行為を、一生で一度も行わない人は、生きた屍と同等です。主の蓮華の御足に奉仕されるトゥルシー(バジル)の葉は、「ヴィシュヌパディ」と呼ばれ、恩恵があることで有名です。主の蓮華の御足から取られたトゥルシーの葉の香りを楽しまない人は、息をする屍です。
主シュリ・ハリの聖なる御名を聴いて心が癒されない人は、心が死んでいます。主の聖なる御名を聴くと、目からは喜びの涙が溢れ出すはずです!同時に、身体も鳥肌が立つはずです!
聖仙よ!パリクシットの質問は素晴らしいです!「自己」に関する知識の指導者であり、主の最高の帰依者でもある聖仙シュカが、パリクシット王に教えたすべてを我々にもご教示ください。あなたの言葉は私たちのマインドにも多大な喜びをもたらします」と聖仙ショウナカは言いました。
これで第二編の第三章が終わります。
ナーラーヤナ!シュリマン・ナーラーヤナ!