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シュリーマド・バーガヴァタム 第84話

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ブラフマーはナーラダにシュリ・ハリの化身(アヴァター)たちの話を続けました。

23)パークハンダ
「マーヤは想像を絶する速度で動くことができる三つの都市を建設し、トリプラースラという悪魔たちに引き渡した。トリプラースラたちはヴェーダの道を保護していたが、それでも全ての次元(ローカ)の存在に苦痛をもたらしていた。シュリ・ハリは、彼らの知性に混乱を引き起こし、間違った道を辿るようにするために、パークハンダとして化身した。「彼」は無神論(ナースティカ・シッダンタ)の哲学を説いた。

24)カルキ
カリ・ユガの終わりには、敬虔な帰依者の家でさえ、シュリ・ハリの話を聴く機会がない。聖紐式を受けたヴェーダの学徒でさえ無神論者になるだろう。王たちは不正義の道を歩む。スヴァーハ、スヴァダハ、ヴァシャットのヤーギャ(火の儀式)に関連した三つの単語はもはや耳にできない。この恐ろしい時期に、シュリ・ハリはカルキとして化身する。彼はこのカリ・ユガの主宰神であるカリを屈服させ、支配し、不正義を打ち破るだろう。

創造の目的のために、私(主ブランマ)、苦行(タパス)、マリーチ、ダクシャおよび他のプラジャーパティを始めとした九人の賢者が生み出される。維持(スティティ)の目的のために、ヴィシュヌ、ダルマ、マヌ、デーヴァタ、そして王たちが現れる。破壊の時には、ヘビ、不正義、ルドラ、そして悪魔が、至高の主の超越的な化身として出現する。

被創造物には、主シュリ・ハリの能力や強さを測れる者はいない。この宇宙の中の泥のなかにある粒子全部をどうにかして数え上げる知性を持つ人間でさえ、主マハーヴィシュヌの卓越した能力を評価することはできない。機材を利用したり、知性を使うことで、地球上の砂粒の数を計算することはできる。しかし、そのような人でさえ「彼」の力を評価することは不可能だ。しかし、主はトリヴィクラマ(ヴァーマナ)として化身し、三歩で三つの存在次元(ローカ)すべてを難なく測定した。このとき、三つの次元だけではなくそれらの上位にあるサティヤローカでさえ恐怖で震えた。そのとき至高の主はサティヤ・ローカを安心させた。

シュリ・ハリのエネルギーとは創造、維持、破壊の責任を負う幻力(マーヤ)に他ならない。私もマリーチのようなあなたの兄たちでさえも、至高の主のエネルギーの強さを測り知ることはできない。他の存在については何が言えるだろう?

千の頭を持つ蛇のアーディシェーシャは、太古より、そのすべての口でシュリ・ハリの栄光を歌い続けてきた。それでもその栄光の歌を歌い尽くすことはできていない。

至高の主は、欺瞞がなく、心を集中させ「彼」の聖なる御足に避難を求める人に必ず慈悲を示す。その結果、帰依者たちは、さもなければ渡ることが不可能な巨大な錯覚の海を渡る。死後、犬やジャッカルの食べ物に変わってしまう身体に対する心酔や愛着の感情を持つ人々は、その幸運を得ることができない。

ナーラダよ!私、あなた、サナカと他の兄たち、サダーシヴァ、悪魔の中の最も至高の存在であるプラフラーダ、スヴァヤンブヴァ・マヌ、彼の妻シャタルパ、息子のプリヤヴラタ、ウッターナパダ、娘のデーヴァフテたち、プラチナバルティ、禁欲主義者のリシャバ、アンガ、ドゥルヴァ、皇帝イクシュヴァーク、プルラヴァ、ムチュクンダ、ガーディ、皇帝ジャナカ、アンバリーシャ、サガラ、ガヤ、ナフシャの息子ヤヤーティ、マンダータ、アラルカ、サタダンヴァ、アヌ、ランティデーヴァ、ビーシュマ、バリ・チャクラヴァルティ、アムルッタラヤ、ディリパ、ソウバリ、 ウッタンカ、皇帝シビ、聖仙デーヴァラ、ピッパラーダ、サラスヴァタ、ウッダヴァ、パラーシャラ、ブーリセーナ、ヴィビーシャナ、ハヌマン、シュカデーヴァ、アルジュナ、アルチシェナ、ヴィドゥラ、シュルタデーヴァ、そして他の人々は、主のマーヤ(幻力)を理解することができた。

女性、シュードラ、罪人、象や他の動物も主シュリ・ハリの熱心な帰依者に奉仕すべきだ。彼らが至高の主を礼拝するための正しい手続きを学ぶならば、彼らもまた主の幻力を理解し、それを乗り越えることができる。そうであるならば、献身的にヴェーダを唱える人たちはなおのことであることを言う必要があろうか?

至高の主は、ヴァーマナとして「彼」の化身体をとり、「彼」の御足で存在の三つの次元すべてを遊びながら測った。常に覚えておきなさい。至高の本質というものは、一時的な快楽や苦痛とは無関係であり、平安の知識によって永遠に満たされており、世俗的な束縛という罪とは無関係であり、多様な化身を持たず、因果関係を超越しており、自己の化身であり、永遠の至福の化身であり、悲哀の痕跡もない原始の存在である、アーディ・プルシャの真の姿のことだ。これが聖仙たちの経験である。

ヤグニャの儀式と多くの行為を伴うヤーギャも、ヤグニャについて語るヴェーダの詠唱も、あたかも目の前に存在するかのように、真の至高の本質を描写することは不可能だ。至高の本質というのは、何らかの変化によって獲得されたり、もたらされたり、取得されたり、新たに作られたりすることは不可能だ。マーヤデーヴィ(幻力の主宰神)は、自己実現を達成した人々の周りに姿を現わすほど目立ちたがりではない。

自己の知識は、世俗的な束縛を受けない。降雨をもたらす雲の化身である主インドラが、鋤を使って井戸を掘る必要がないように、マインドを完全に制御しているヨーギは多様な変化を抑制する努力の必要がない。

人間によってなされる幸運な行為すべては、至高の主からの霊的影響によってのみ起こる。彼らの善い行為に見合った果報を与えるのは「彼」だ。目に見える世界全体は、粗大的本質と微細的本質から形成されており、すべてが「彼」の内に存在する。

肉と骨から成る身体が完全に破壊されても、体内の空気は変化しないのと同様に、身体を照らす自己も身体が死ぬ時に変化しない。「彼」は崩壊しない。彼には、誕生、老衰、死といった変化がない。

わが息子よ!この宇宙の創造主である主シュリ・ハリについて、私はお前に簡単に説明した。因果関係の結果であるこの世界は、創造主シュリ・ハリとは異なる存在は持たない。しかし、彼はこの宇宙のそれとはまったく異なる姿として光の源として輝いている」

シュリ・ハリ!

続く

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