言葉と教え

ラリタ・サハスラナーマの名の意味781~790

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781. Pratyag-rūpā プラティヤグ・ルーパー

意味――彼女は、個々の魂(ジーヴァートマー)という形で、あらゆる個人の内に宿っています。

782. Parākāśā パラーカーシャー

意味――彼女は至高の空間、すなわち心の空間(フリダヤーカシャ)に遍満しています。

783. Prāṇadā プラーナダー

意味――彼女は個の存在に生命力(プラーナ)を授けます。

あらゆる感​​覚器官(インドリヤ)の中で、生命力は最も支配的な役割を担っています。生命力(プラーナ)が身体を離れた瞬間、その存在は生命を終えます。個の内にあって生命力という形で宿っているのは、まさに聖なる母です。

784. Prāṇa-rūpiṇī プラーナ・ルーピニー

意味――彼女は(前の名で説明されたように)生命力(プラーナ)の姿で存在しています。

 動くものや動かないものから成るこの目に見える宇宙全体が、この生命力(プラーナ)によって支えられています。

785. Mārtāṇḍa-bhairavārādhyā マールターンダ・バイラヴァーラーディヤー

彼女がこの名で知られるのには、二つの理由があります。

a) シヴァ神がマールタンダ・バイラヴァという姿で彼女を崇拝しているからです。 かつて、マッラ・ダイティヤという名の悪魔がいました。彼を滅ぼすために、シヴァ神はマッラリーシュワラ、あるいはマールタンダ・バイラヴァという姿をとりました。神は悪魔を討伐しに出かける前に、聖なる母(女神)を崇拝し、その祝福を求めました。マールタンダ・バイラヴァ神に崇拝されたことから、彼女は「マールタンダ・バイラヴァーラーディヤー(マールタンダ・バイラヴァに崇拝される者)」と呼ばれます。

b) マールタンダ・バイラヴァの名を冠する太陽神によっても崇拝されているからです。 もし太陽がたった3日間昇らなかったら、生き物はどうなるでしょうか?太陽は私たちに命を与える存在です。太陽は、崩れゆく私たちの肉体(マールタ)に意識(チャイタンニャ/アンダ)を満たし、私たちを若返らせてくれます。生き物に生命の意識を満たすことから、彼は「マールタンダ」と呼ばれます。また、病気や疾患に対する恐れを取り除くことから、「バイラヴァ」とも呼ばれます。こうして彼は「マールタンダ・バイラヴァ」となるのです。 闇を払い、世界に光の恵みをもたらすために、太陽神は聖なる母に祈りを捧げました。その祈りに喜ばれた聖なる母は、ご自身の冠にある数千もの宝石の中から、光を放ち輝く「シャマンタカ・マニ(宝石)」を彼に授けました。太陽神に崇拝されたことから、彼女は「マールタンダ・バイラヴァーラーディヤー」と呼ばれます。 バイラヴァがシヴァ神の別名であることはよく知られています。この名を用いることで、太陽神はシヴァ神と不可分(アベーダ)な性質であることを私たちに示しています。太陽神として私たちの前に現れているのは、まさにシヴァ神なのです。ルドラ・ホーマ(火の儀式)では、「アーディティヤートマカヤイ・ルドラヤイ・イダン・ナ・ママ」というマントラが唱えられます。これは、「アーディティヤ(太陽神)とルドラ(シヴァ神)は同一である」という意味です。 太陽神を日々崇拝することは、その人に健康をもたらします。マハリシ・アガスティヤは、『アーディティヤ・フルダヤム・ストトラム』の中でこれを宣言しています。

786. Mantriṇī-nyasta-rājyadhūḥ マントリニー・ニャスタ・ラージュヤドゥーフ

意味――彼女は、統治(王権)の責務を、マントリニー(Mantrini)の名でも知られる女神シャヤマラに委ねました。

言い換えれば、聖なる母は、絶え間なくマントラを唱える修行(ディークシャ)に励む者たちに、この世界を守護する責務を託されたのです。こうした役割を担っていることから、女神シャヤマラは多くの場所で村の守護神(グラーマ・デヴァタ)として祀られています。彼女は知識を授けてくださる存在です。それゆえ、子供たちは彼女を崇拝すべきなのです。

787. Tripureśī トリプレーシ

意味――彼女は「トリプラ」の支配者です。

ここで言う「トリプラ」とは、個々の魂(ジーヴァートマー)、内なる目撃者(アンタル・アートマー)、そして至高の魂(パラマートマー)という3つの存在を指します。彼女はこれらすべてを統治しています。

788. Jayatsenā ジャヤトセーナー

意味――彼女は常に勝利を収める大軍を率いています。

 個人のレベルにおいても、感覚や諸器官、そして知性などが、まるで巨大な軍隊のように調和して働いています。同様に、この全創造世界を勝利へと導くために、彼女は巨大な軍勢を指揮しています。こうした理由から、彼女は「ジャヤトセーナー(勝利の軍勢を率いる者)」なのです。

789. Nistraiguṇyā ニストライグンヤー

意味――彼女は3つのグナ(性質)を一切備えていません。

790. Parāparā パラーパラー

意味 –

a) 彼女は知性さえも超えた次元に存在します。
彼女こそが「パラーパラー(Parāparā)」です。 『バガヴァッド・ギーター』にも「ヨー・ブッデー・パラタス・トゥ・サ(知性を超えた存在)」と説かれています。

b) 彼女は、「パラ・バクティ(至高の献身)」と「アパラ・バクティ(献身)」、そして「パラ・ヴィディヤー(至高の知識)」と「アパラ・ヴィディヤー(知識)」のすべてを超越した存在です。 至高の主に対して比類なき献身を抱くとき、その献身は「パラ・バクティ」と呼ばれます。この献身がさらに深まり、人が全能の神に完全に自己を委ねる境地に至ると、それは「アパラ・バクティ」と呼ばれます。この段階では、人は自分自身と至高の主との間に何の違いも見出しません。「パラ・バクティ」は「アパラ・バクティ」へと至る道を切り開くものです。 これをもって、750番目の御名から始まった「マンガラ・チャンディー・ヴィディヤー・ウパーサナー」は結びとなります。私たちは今、「カパルディニー・ヴィディヤー・ウパーサナー」へと歩みを進めます。

続く

ラリタ・サハスラナーマの紹介
アンガニャーサとカラニャーサ(身体への神の勧請)
瞑想のための詩句
パンチョ―パチャラ・プージャ(五つの捧げものの儀式)
ムーラグランタ(基調詩節)1-111
サハスラナーマ112-1000

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