シュリーマド・バーガヴァタム 第44話
更新日 : 2018.8.7
カテゴリー : シュリーマド・バーガヴァタム
生命の力(プラーナ)は、本来は死に属しており、したがって、いつかは死がそれを持ち去ります。つまり、このことについて用心深くなることが非常に重要です。人それぞれ寿命の長短あれど、誰しも死は訪れます。死が向こうからやってきて、私たちを連れ去ることに対しては、いかなる努力も徒労に終わります。病気、事故、その他何らかの形で、それは突然に私たちが認識する間もなく私たちを連れ去ります。それが解放だとは思わないでください。ゆえに、私たちが生きている時は絶対に気を抜いてはいけません。
「死ぬことをただ待っていてはいけません。 今すぐに『ダッタ、ラーマ』と唱え始めましょう!」と、ハリカタ(神の物語)を美しく歌い上げるアーティストがいます。
人間は非常に生命の力(プラーナ)に執着しています。しかし、死に襲われたとき、手放さざるをえません。したがって、人が極度に執着している生命の力からさえ自分自身を切り離さざるを得ないのに、それよりも重要ではない富、親類、その他の世俗的な執着について心配すべきでしょうか?
ヴィドゥラはドリタラーシュトラにこう言います。
「あなたの父親、兄弟および他の親戚はすでに死んでいます。あなたの息子たちは戦争で死にました。ドリタラーシュトラ、なぜあなたはまだこのサンサーラ(輪廻)に頑なに留まっているのですか?あなたの人生の大部分は終わりました。あなたの傲慢さと愚かさのために、最愛の人たちは失いました。あなたには何が残されていますか?あなたの王国はどこですか?それすらも残っていません。ご自身の体の状態を自覚しているのですか。年齢のために病弱になっています。また、その病弱な体のために立ち上がることも、穏やかに座すこともできません。それに加えて、あなたは人の家に住んでいます。間違っています。あなたは人の家に住むのが嫌だと感じないのですか?恥ずかしいと感じないのですか?あなたの態度を見て本当に驚いています。私は全世界を旅して神を求めてきましたが、あなたのような精神の持ち主に出会ったことはありません。あなたは奇妙です。私はあなたを貶しているわけではありません。私は個人的には、あなたを高く評価していますが、あなたが人の家に住み続けたいと思っている事実が好きになれません。なぜあなたは、まだ苦悩や束縛にすがろうとするのですか?あなたは地上に生きる生物の寿命はどれくらいだと思っていますか?その寿命をあなたははるかに凌いでいます」
「あなたはこの家の番犬のように生活しており、ビーマが提供している施し物を食べています。あなたはこれをわかっているのですか?恥ずかしいと感じませんか?彼らは、あなたがかつて毒殺しようとした人々です。あなたが以前に毒をもった人々が、今日あなたに食べ物を与えています。あなたは彼らの憐れみを受けているのです。あなたがそんなものを食べていることを理解できません」
「過去に、あなたはパーンダヴァの人々を生きたまま燃やそうとしました。彼らは毒をもられたこともあります。別のときに、彼らの妻は侮辱されました。あなたが彼らに対して行った残虐行為に限りありません。彼らを排除するために、あなたは頭に浮かんだあらゆる悪い考えを彼らに試しました。あなたは彼らの王国と富を全て奪いました。あなたはあらゆる方法で彼らを欺きました。しかし、それでも、慈悲深いパーンダヴァの人々は、あなたを生かしておきました。パーンダヴァの人々があなたの不実な本質についてわずかでも覚えていたなら、今頃は彼らか、他の人がどうにかしてあなたを殺していたでしょう。彼らの寛大さのおかげで、あなたは今日生きているのです」
「私は世間にはまったく無関心ですが、あなたの人生への執着心を知ると、気分が悪いです。いったいあなたは何年生きようとしているのですか?すでに非常に長い人生を送ってきました。人生の長い年月を生きてきたのです。あなたは自身の人生に与えられるべき価値を自分で評価しています。率直に言って、あなたのために今は何が残っていますか?それなのに、あなたはその生命の力(プラーナ)に執着しようとします。どんな価値があるのですか?身寄りもなく、病弱なあなたが、この世で何を達成しようとしているのでしょう?」
「あらゆる負担から解放された人生。問題のないこと。他人に依存していないこと。そんな人生が、生きるに値する人生です。あなたはこういった文脈で考えたことがありますか?私はこれまで多くのことをあなたに説いてきました。しかし、あなたは私の助言には、耳を傾けません。多くの直接的および間接的なやり方で、私はこのことを教えようとしました。まだ怒りがあなたに残っていますか?彼らから食べ物をもらいながら、まだ彼らを害そうとするのですか?」
「あなたが好きかどうかにかかわらず、まるでぼろ着のようなその老弱した体をわかっていますか。見下げ果てた姿です。のぼせあがりを完全に断つ離欲を持ち合わせ、己の個性をひけらかすことなく、正義の行為を行う能力すらない無用な身体を放棄する者は、本当に勇敢な男(ディーラ)です。これこそが、私たちの年配者の姿です」