シュリーマド・バーガヴァタム 第62話(死を待つパリクシット)
更新日 : 2018.9.14
カテゴリー : シュリーマド・バーガヴァタム / シュリー・スワミジの言葉
パリクシットは、蛇の姿をしたタクシャカの姿で自身に死が差し迫っているという知らせを受け取りました。ここで言う死とは、タクシャカという毒が彼を死に至らしめることを意味します。世俗的な束縛(サムサーラ/輪廻転生)に没頭していた彼に無執着(ヴァイラーギャ)を生み出すために、タクシャカという毒が現れるのです。このように解釈されるべきです。ここで語られているのは、まさにこの毒のことです。
パリクシットは、タクシャカという毒が一日も早く自分を包み込み、焼き尽くしてくれることを切望していました。彼は自らの過ちに対する罰を待ち望んでいたのです。彼は、たとえ統治者であっても、ヴェーダーンタを体系的に分析することによって、現世と来世の安楽に対する完全な無執着の境地に達することを決意しました。そして、クリシュナ神の蓮の御足に仕えることが、この世における最も崇高な行為であると確信したのです。
この揺るぎない決意のもと、彼は食物と水を完全に断ち(プラヨーパヴェーシャ)、ガンジス川の岸辺に座り、死を待ちました。
yā vai lasac-chrī-tulasī-vimiśra-
kṛṣṇāṅghri-reṇv-abhyadhikāmbu-netrī
punāti lokān ubhayatra seśān
kas tāṁ na seveta mariṣyamāṇaḥ
ガンジス川は、トゥルシーの葉(ホーリーバジル)、白檀のペースト、そして主クリシュナの蓮の御足の塵を自ら吸収します。そして、流れながらそれらを運びます。このため、ガンジス川はますます吉祥となり、世界の守護神(ローカ・パーラカ)を含むすべての存在に、内面と外面の清浄をもたらします。ゆえに、死に際してはガンジス川を崇拝すべきなのです。
このガンジス川を崇拝しようとしない者がいるでしょうか? ガンジス川とは、マハー・ヴィシュヌの蓮の御足から流れ出る水に他なりません。その源は、神の御足にあるのです。
このため、パーンドゥの子孫であるパリクシットは、聖なるガンジス川のほとりでプラヨーパヴェーシャ(断食)によって命を終えることを決意しました。彼は束縛に満ちたこの物質世界への執着を完全に捨て、出家(ムニ・ヴラタ)の誓いを立てました。
あらゆる雑念から心を解き放ち、彼はただひたすら至高の主の蓮の御足に瞑想を捧げました。その時、永遠にその存在によってこの宇宙を浄化する数々の至高のマハルシたちが、弟子たちと共にそこに現れました。
hābhigamāpadeśaiḥ svayaṁ hi tīrthāni punanti santaḥ
偉大なマハルシたちは、聖地巡礼を装って、実際には巡礼地そのものを清めるためにそこへ赴くのです!
私たちのような一般人が巡礼地を訪れると、私たちは純粋さを得ます。しかし、マハトマたちが巡礼地を訪れると、聖なる巡礼地そのものが清められるのです!これが絶対的な真実です。
マハルシのアトリ、ヴァシシュタ、チャヴァナ、シャラドヴァンタ、アリシュタネーミ、ブリグ、アンギラサ、パラーシャラ、ヴィシュヴァーミトラ、パラシュラーマ、ウタティヤ、インドラプラマダ、イドマヴァーフ、メーダーティティ、デーヴァラ、アーリシュティ、バラドヴァージャ、ゴウタマ、ピッパラーダ、マイトレーヤ、アウルヴァ、カヴァシャ、アガスティヤ、ヴィヤーサ、そして永遠に崇拝されるマハルシ・ナーラダが、まさにその時、そこに到着しました。
これは、皇帝パリクシットが、母親の子宮内にいる時にさえ、至高の人物のダルシャン(偉人や聖者との謁見)を持っていた偉大な存在であったためです。あなたは、そのような偉大な人物が、なぜ過ちを犯したのか疑問に思うかもしれません。これはカリの影響のせいです。人は、いかなる時も警戒が必要です。怒りに駆られた時は、極めて警戒を強めるべきです。その時、またはその瞬間に、沈黙の誓願を立て、自我を抑えるべきです。しかし、パリクシットはそのどちらも守りませんでした。これはカリの影響でした。
パリクシットがガンジス川のほとりで命を捧げる決意をした時、至高のマハルシたちがその場所に集まりました。先に挙げた聖者たちに加え、多くのデーヴァリシ、ブラフマリシ、ラージャリシもやって来ました。
パリクシットはこれらの聖者たち一人ひとりを温かく敬虔に迎え、彼らに頭を下げました。その後、皆がゆったりと座ると、完全に清らかな心と知性を持つパリクシットは、再び敬虔に頭を下げ、両手を合わせて彼らの前に立ちました。そして、死を待つ間、飲食を断つプラヨーパヴェーシャについて彼らに話しました。
彼は言いました。
「なんと素晴らしいことでしょうか!至高の聖者の皆様が、私のような取るに足りない者を祝福に値すると認めてくださり、皆様がここに集まってくださったとは。私は本当に幸運です。」
それから彼はシュリー・ハリに祈りを捧げました。
ナーラーヤナ!ナーラーヤナ!ナーラーヤナ!

