シュリーマド・バーガヴァタム 第65話(人間の現状)
更新日 : 2018.9.25
カテゴリー : シュリーマド・バーガヴァタム
シュリーマド・バーガヴァタムの第二巻の第一章に移ります。
第二巻の第一章では、マハルシ・シュカが瞑想(ディヤーナ)の手順を説明します。瞑想状態に到達するのを助ける主の普遍的な姿が、この章で解説されています。
マハルシ・シュカは、パリクシット王の質問を受けて次のように答えました。
Varīyān eṣa te praśnaḥ kṛto loka-hitaṁ nṛpa
Ātmavit-sammataḥ puṁsāṁ śrotavyādiṣu yaḥ paraḥ
「王よ!『耳にする、称賛する、記憶する事の中で、最も至高の地位を占めるものは何か?』というあなたの問いは、疑いなく最も崇高な問いです。これは世界の幸福へと導きます。霊的に賢明な人々でさえ、このような問いを高く評価します。
一般家庭の世帯主は、財産、配偶者、子ども、家庭、収入など、世俗的な束縛にがんじがらめになっています。その人に知識がなければ、日常行為を遂行する過程で多くの間違いを犯します。
世俗的な束縛に完全に埋没する者は、真我の本質を理解することができません。そのような人は、無数の世俗的な事柄に心を奪われています。夜は睡眠か肉体的な快楽に時間を費やし、昼間は富を稼ぐか家族の世話に追われます。
人間は、欲望と絶え間ない戦いを強いられています。この戦いにおいて、肉体も、子どもも、配偶者も、その他の道具や軍隊も、最終的に勝利をもたらすことはできません。率直に言って、これらの道具はどれも実在するものではありません。それどころか、時には害を及ぼすことさえあります。しかし、この物質世界の事物に極度に執着する人は、たとえ目の前で父親や親族が死んでいくのを見ても、自分の肉体や周囲の環境が無常であるという現実を理解できません。
人は毎日、誰かの死を知ります。様々な困難に襲われます。それでも、警戒心を持ち、賢明になることを学ぼうとしません。いつか自分もすべてを捨てて旅立たなければならないことを理解しないのです。
人はこうした無常なものに没頭して生活しています。その人はそれに完全に囚われてしまう。この一時的な世界こそがすべてだと信じ、それを解脱だと考えています。無常で、非現実的で、未熟なものを、彼は永続的で、現実的で、成熟したものと見なします。彼はこの非現実的な偽りの世界に深く執着しています。身体の世話は小さなダルマ(義務)に過ぎないにもかかわらず、彼は極限まで行き過ぎて、それに身を捧げるのです。
Tasmād bhārata sarvātmā bhagavān harir īśvaraḥ
Śrotavyaḥ kīrtitavyaś ca smartavyaś cecchatābhayam
バラタ王朝の皇帝よ!解脱を望んでいる人間が栄光を讃えるべき存在は、シュリー・ハリだけです!彼を記憶し、彼のことを聞き、彼を讃えなければなりません。なぜなら彼は全宇宙の主だからです!彼はあらゆる存在の中に、真我の姿で宿るお方です!
したがって、人間誰でも、それぞれに自らの義務を確実に果たす一方で、カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)を実践する必要があります。人間は、真我(アートマン)と真我ではないもの(アナートマン)を区別できなければなりません!人間は、真我についての知識(アートマ・ジュニャーナ)を得るために努力すべきです。このような人生を歩んだ人間は、死の時には、シュリマン・ナーラーヤナに心を集中すべきです。そうすることで、人は最高の恩恵を受けて、人生の目的を達成するでしょう。
Prāyeṇa munayo rājan nivṛttā vidhi-ṣedhataḥ
Nairguṇya-sthā ramante sma guṇānukathane hareḥ
おお、偉大な皇帝よ!マハルシたちは、行為を完全に放棄すること(サルヴァ・カルマ・サンニャーサ)によって、彼らは、合法行為と禁止行為を規定する規則(ヴィディ・ニシェーダ)を超越します。彼らは、形も属性も持たない至高のパラブラフマにのみ心を集中させているにもかかわらず、シュリーマン・ナーラーヤナ神の栄光を讃える歌を歌うことに大きな喜びを感じ、その結果として至福を享受します。」
マハリシ・シュカは、至高の超越的知識を得た偉大な聖者でさえ、主ナーラーヤナの栄光を讃える歌を歌うことに時間を費やすと述べています。
「カリ・ユガの初期に、私は私の父であるマハルシ・ドヴァイパーヤナ・ヴェーダヴィヤーサからヴェーダと同等の価値があるバーガヴァタ・マハープラーナを学びました。おお、聖なる王よ!私の内なる心は、トリグナ(三つの特質)を超越した主に完全に集中しています。それでもなお、私の心は、最高の名声を持つ至高主の栄光と遊戯へと惹きつけられます。このため、私はバーガヴァタ・プラーナを熱心に研究しました。
このバーガヴァタを単なるありふれた作品と見なしてはなりません。これに完全に注意を払い、献身する者の心は清められます。これによって、心は速やかにシュリーハリに集中し、シュリーハリは瞬時に解脱を与えてくれます。
あなたはシュリークリシュナに特に愛されているので、この聖なるバーガヴァタムをあなたに話しましょう。長老たちは、シュリーハリの栄光を讃える歌を歌うことは、至高の無執着を達成し究極の解脱を求めるカルマ・ヨーギーだけでなく、この世と来世の両方で安楽を求める一般の人々にとっても究極の手段であると、確固として認めています。
ここから、ナーマ・サンキールタナ、すなわち至高の主の栄光を讃える賛歌の重要性が理解できます。どれほど多くの回数、主の栄光ある御名を唱えても、十分ではありません。
ナーラーヤナ! ハリ・ナーラーヤナ!

